「霊、妖怪、神──俺たちはそういうものをまとめて『あやかし』と呼んでいるが――そういう人ならざるモノを認識することが出来る人の子は昔からごく稀に存在した。言うまでもなく、おまえと同じ強い力を持った一部の者だけだが」

「……他にも、いるんですか? 今の時代に……私以外にあやかしが視える人」

「ああ、それを生業にしている奴もいるくらいだからな。さすがに弥生や真澄のような血筋から受け継がれてきた力は、そう簡単には滅びないさ。賀茂家の他にも、そういう〝力〟の類を持った家系は未だ幾つか存在しているはずだぞ」


 まったく予想していなかったわけではない。けれど、思っていたよりもその事実が上手く呑み込めなかった。だいたい、なにゆえこの神さまは私の名前だけでは飽き足らず、当たり前のように苗字まで知っているのだろう。

 やっぱり、おばあちゃんとなにか関係あるのだろうか。

 それにしても──私以外にもいるんだ。あやかしを視ることが出来る人間が。

 そう思うだけで何だか涙が出てきそうになる。

 これまでの人生で、私は祖母以外にあやかしが視える人間に会ったことがない。
十年前に祖母が他界してからは、誰からもバレぬようにずっとひとりで隠し続けてきたことだった。この世界で彼らが視えることは『異常』で、私は『異物』だったから。


「……そっか。私、やっぱりおかしくなんてないんだよね」


 思えば、彼らが視えるということを、彼らの存在を、こうして第三者に認めてもらえたのはずいぶん久しぶりで。あまりに彼らの存在を隠し続けてきたからか、最近では本当に自分がおかしいのではないか、とどこかで薄ら思い始めていたことに気づく。

 運悪く私の挙動不審な行動を見られてしまった人達に幾度となく存在を拒絶されてきたからこそ、私はいつのまにか彼らの存在を信じきれなくなっていたのかもしれない。


「無論、真澄の場合はただ視えるだけではないだろうが。家柄上、おまえには陰陽師の素質があるし──どちらかと言えばこちら側に近いくらいには力を持ってしまっているからな」

「……神さまには、そんなこともわかるんですか」

「神だからと言えば語弊があるが……まあ否定も出来ん。力の強さはその魂に顕れる。同じように神には神力が、妖怪には妖力があるが、そういう意味でも真澄の霊力をはらんだ魂はとても美しい。俺はそれを見て感じることが出来るのさ」


 ふっと目元を和らげて、翡翠という男は私の乱れた前髪を優しくはらった。

 その大切なものを愛でるような眼差しに、不覚にも心臓が奥の方できゅっと音を立てる。妖艶で掴みどころのない銀色の瞳の中に、ひどく戸惑った顔をした自分が映っていた。


「──なあ、真澄。人の命は花のように儚く脆く、そして尊いだろう。永遠にも等しい時を生きる神からしたら、それはあまりにちっぽけに映るものだ。……正直に言えば、こうしておまえに触れることすら俺は躊躇ってしまうくらいにな」

「……それは、弱いから、ですか? すぐ壊れてしまうから?」

「いや、そうじゃない。ただ、とても美しいから。限りあるものというのは、神や妖たちにとって酷く魅力的に見えるものなんだ。まあないものねだりというやつだ。流せ」


 ──だが、と。

 突然その端正な顔から表情が消え、まるで作り物のように温度のない瞳が世界を捉える。