「──あのね、翡翠」


 そうして落ち着いたら話そうと思っていたことを切り出すため、やや強張りながらも口を開くと、思わぬことに翡翠が「待て」と強く遮った。その顔は何も聞きたくない、とでも言いたげに苦悶に歪んでいて、私は驚きながら起き上がる。

 帰ってきてから、どことなくおかしいとは思っていた。

 なんだか妙に私を避けているような気がするし、顔を合わせれば変に素っ気ない。てっきり後始末に追われて忙しいからだと思っていたのだが、この表情を見る限り違うようだ。


「どうしたの」

「……聞きたくないんだ」

「え」


 もしかして、私が言おうとしていたことに気づいていたのだろうか。その時が来るまでは考えないようにしていたし、そんな素振りは見せていなかったと思うのだけれど。


「わかってる。心が狭いのは」

「ん? 心が狭い?」


 ちょっと待って。翡翠はいったい何の話をしているのだろう。

 なにか、とんでもなく盛大な誤解をしているような気がする。


「ああ……俺は、たしかに真澄の幸せを望んでいた。コハクを助けたのだって真澄が笑顔になる世界には、コハクが必要だと思ったからだ。だが、こう、どうにも受け入れられん。情けないのは承知だが、せめてもう少し待ってくれ。──失恋には慣れていないんだ」


 思わず、私は翡翠を凝視した。

 話の途中からまさかとは思っていたが、まさかのまさかだった。いったいなにがどうしてそんな話になってしまったのだろう。しばらくぽかんとしていた私だったが、改めて考えてみれば確かにそう勘違いする要因はたしかにあったな、と思い直す。

 コハクもどさくさに紛れて『お慕い申して』とか言っていたような気がする。あのときは私も必死だったから、何を口走ったか正直あんまり覚えていないんだけど。

 だけど、私とコハクは──そう、なんというか『そういう』関係ではないのだ。

 確かにコハクは大切だ。他には代えられない。好きだし、愛している。……けれど、それはあくまで唯一無二の『家族』という意味にすぎない。少なくとも私にとっては。

 コハクに関しては、まあそれ以外の……主人に対する忠誠心のようなものが独占欲に似た形で出てくることはあるものの、主従関係であることに変わりはない。むしろ、こうして一心同体のような状態になってしまった今では、変に嫉妬する必要もないだろう。

 私はコハク、コハクは私──文字通り、一心同体と言っても過言ではないのだから。


「えぇ……っと」


 完全に勘違いをこじらせてしまっている翡翠。

 なんと声をかけるべきなのか迷って、私はもう一度、ごろんと仰向けになった。
 
 軒の入り組んだ屋根組をじっとり見つめて、しばし考えてから小さく頷く。