「──やるよ」
考えるまでもない。
コハクを救えるのなら、私はたとえ魂でも差し出せる。
私のために命をかけてくれたコハクのためなら、私はなんだってする。
「コハクに、この世界の綺麗なものをもっと見せてあげたい。もっといろいろな気持ちを知ってほしい。幸せをもっともっと感じてほしい。たとえコハクがコハクでなくなっても、私はそう望むし、心から願うよ。だってコハクは、私のたったひとりの家族だから」
これから先もずっと、死ぬまで一緒に生きていけるのなら──本望だ。
だって、生まれた時からずっと一緒だったのだから。
私の決意を聞いた翡翠は、けれどもどこかわかっていたような顔をした。ひとつ息を吐いて少し寂しそうに微笑む。それはいつだか『真澄には敵わない』と言った時の表情で。
「……まったく、妬けるな」
「っ、翡翠」
「構わん。おまえたちの絆が強いことくらい、最初から分かっていた」
私とコハクが繋いだ手に自らの手をそっと被せ、翡翠はゆっくりと瞼を閉じる。
「──心配しなくていい。俺は縁結びの神だ。その誇りと矜持にかけて必ず成功させる。……俺だって、こんなところでみすみす愛する許嫁を失うわけにはいかないんだ。真澄も、そして真澄にとって大切な存在であるコハクも、必ず無事に救って見せるさ」
そう告げるや否や、眩い光の糸が幾重にも重なり私たち三人を包み込んだ。
意識が遠のく。頬に流れていた涙が光に巻き取られて消えていく。
翡翠の糸はまるでお日様のように暖かくて、深い海の底のように冷たい。
──…………繋ぎ、繋がれ、やがてひとつになる。
幸せも優しさも悲しみも辛さも、私たちが日々心に生み出している感情の全てを繋げていく。心地良いような温もりと、もう二度と戻れないような恐怖が入り交じって、意識が高い高い空の上へと登っていく。そのさなか、私はつかの間、翡翠とコハクの心に触れた。
「……ありがとう」
きっとこのさき生きていく時間の全てに、私は想いを寄せるのだろう。
この世に生きた奇跡を、誰かと結ばれる縁を、もう見失わないように。
ひとつの想いに下した決断を祝福するように、光の中でこちらに手を伸ばしたコハクがふわりと微笑んだような気がした。