さすがに対処しきれず、しかしなんとか直撃は避けながらも風の余波で飛ばされた笹波様と浅葱さんを、咄嗟に反応した翡翠が神力を使って受け止めたところまでは良かった。
ふたりに御札を貼り付けた直後に、私の元へ舞い戻ってきていたコハクが「真澄さま!」と焦ったような声をあげる。ビリッ……と、やけに耳の奥に残る嫌な音が聞こえた。
「っ、ゴホゴホッ!」
風の余波に耐えきれず結界の札が切り裂かれ、結界が破れたのだ。あまりに突然で瘴気をまともに吸い込んでしまった私に駆け寄り、コハクは寸でのところで最後の一枚の御札を張り付けてくれた。くらりと眩暈がするものの、なんとか倒れずに踏みとどまる。
けれど、呼吸が楽になった、と思う暇もなかった。
「真澄っ!」
「逃げろお嬢!」
「くそ……っ!」
翡翠と浅葱さん、笹波様の悲痛な声が響いた瞬間、私はようやくすぐそばまで悪霊が迫っていたことに気づく。あまりに突然のことに体が動かない。構えなければ、他でもない私が祓わなければならないのに恐怖が勝って身が竦んでしまっていた。なんで、いつの間に、どうして、違う
そうだ、笹波様たちはまだ悪霊に御札を貼ってない……!
「っ……」
もう、だめだ。そう思ってぎゅっと目を瞑った、その瞬間だった。
「真澄さま。──あとは、頼みました」
私をふわり抱きしめるように耳元でそう囁いたコハク。ハッと顔をあげる。私の目に飛び込んできたのは、怖気づく様子もなく凛と悪霊の前に立ちはだかり、護符も貼り付けずに髪をなびかせる式神の姿。ぞわり、と背筋に寒いものが駆けめぐった。
「だ、ダメッ! コハク──!」
もつれながら駆けだして枯れるほど声を張り上げた、刹那。
私が手を伸ばした先で、コハクがぱあっと光となって弾けた。空気中に溶けるように霧散した光は、そのまま迷うことなく一直線に悪霊へ向かい、瞬く間に全身に絡みつく。
「ガァァァァアァア……!」
ひときわ苦しそうな唸り声をあげて転がった悪霊の魂に、私は茫然と立ち尽くす。
いったい何が起きたのかわからなかった。
私の中でなにかがばちんと音を立てて落ち、目の前が真っ暗になる。遠くから悲痛な翡翠たちの声が聞こえたけれど、すでに私の意識には届かない。