──いつ壊れるかわからない。

 そんな状態のコハクに、主自ら命を削れと命令を出すなんて出来るわけがない。


「無理だよ!」


 どんなに言ってもきっとコハクは決意を揺らげることはないだろうと分かりながら、私は強く首を振る。その間にも私たちに襲い来る風の刃。コハクは視界に入れるまでもなく霊力でそれを打ち消しながら、迷いのない、しかし懇願するような目でこちらを見上げてくる。


「お願いします、真澄さま。どうかボクを行かせてください」


 式神として当然のことだと、強い光を宿した琥珀色の瞳は言っていた。

 どんな時でも私の役に立とうとする。誰よりも主である私を想って、私の歩く道の先にある障害物を取り除いてくれようとする。コハクはいつだって、私を見てくれている。

 ──ただ、その揺るぎない忠誠心の中には、式神としての本能だけでは到底説明出来ないものがある。それはきっと、主と従者という関係において本来抱いてはいけないもので。
私はそのことにうっすらと気づきながら、あえて気づかないふりをしていた。


「真澄さま。ボクは式神として生まれてから今日まで、ずっと考えていたことがあるんです」

「え……?」

「どうして忠行様は、なんの得もないにも関わらずわざわざボクを式神にしたのか。どうして何者にもなれなかったボクに、こうして命を与えて下さったのか。……もしかしたらそこにはなんの意味もなく、ただ秘密裏に行われていた実験の存在を隠すためだったのか。だとしたら、いっそあのまま死んでしまった方が、ボクは幸せだったのではないか──と」


 どこか押し殺したようなその声に、コハクが以前呟いていた言葉が頭を過ぎる。


『──ボクは、人にも神にも妖怪にもなれなかった存在です』


 ひどく苦しそうに今にも泣きそうな顔でそう零したコハクは、そのあと私に「そばにいたい」とも言っていた。けれどその時、なんとなく諦めたような響きを持っていたことが、実はずっと心の片隅に引っかかっていて。

 切願と喩えれば良いのだろうか。まるで命乞いをしているかのようだった。
認めてほしい。許してほしい。そう訴えかけてくる悲痛な心の叫びに、私はあのとき初めてコハクも孤独だったのだと気づき、同時に戸惑った。まるで自分を見ているようで。