「っ、はあ……間に合った」

「お見事です、真澄さま」


 私史上最速で結界を張ったかもしれない。

 結界札に関しては昔から何度も書いているし、術も暗記している。修行のおかげで霊力のコントロールが出来るようになった今そこまで高度な術ではないが、さすがに肝を冷やした。本番はここからだと思うと、さらに気が重くなる。

 そんな私たちを横目で見届けて、今も格闘している笹波様と浅葱さんがわずかに笑ったように見えた。しかし実際のところ、戦中のふたりにそんな余裕はない。


「あんなもの相手に、ふたりともすごい……」


 妖力の消費を抑えてか、地上で妖刀を振るい瘴気と風を斬り裂きながら村長と対峙する笹波様。黒い翼をはためかせて、上空から団扇が発する空気の刃で向かってくる風を打ち消しながら、笹波様を援護する浅葱さん。どちらも引けを取らない。


「ねえコハク、あの黒い靄ってなんなの? 瘴気とはまた違うよね?」

「あれは……言うなれば邪気の塊です。人の子の魂が悪霊になった時に発する特有の気で、主に生命力を奪い取る力があります」

「せ、生命力──⁉」


 もくもくと膨れ上がり、猛烈な瘴気を発しながら、まるで意思を持った生き物のように攻撃してくる靄。襲い来る風はなんとか対処しながらも、なかなか村長に近づくことが出来ないのは、間違いなくあの黒い靄のせいだ。少しでも近づけば身体にまとわりつき、妖刀で斬り裂いてもすぐに元に戻ってしまうためキリがない。


「たとえ人の子より生命力が高いあやかしでも、長く触れていれば命に関わります。触れれば触れるほど、身体の動きが鈍り脳の動きが悪くなる。……時間はかけられませんね」


 厳しい顔でそう言ったコハクは、茫然とする私に気づいて慌てて「でも」と言葉を続けた。