「だが……!」
「大丈夫。私は、この枝垂れ村も、りっちゃんの故郷も、あの村長さんも救いたいの。ここまで来て何かを切って捨てるようなことはしたくない。そのためには時雨さんが考えてくれた作戦の通りに、それぞれ役割を果たさないときっとだめなんだよ」
この村の惨状を見てもわかる。これは文字通り『命がけ』の戦いだ。翡翠も浅葱さんたちも私を優先して守ると言ってくれたけれど、もしそうなれば確実に押し負ける。
なにひとつ救えないまま、明日の焼き討ちで全てを失ってしまう。
そんなのは、絶対にだめだ。
「翡翠、お願い行って。コハクは私が結界を張り終わるまで渡しておいた御札で身を守ってね。たぶん少しなら結界の役割も果たしてくれるから」
コハクが頷くのを確認して、私は祖母から伝授された結界術を唱えはじめる。
それを見た翡翠は、一瞬の躊躇を見せながらもすぐに顔を引き締めた。
「なるべく早く戻る」
そう言い残し、勢いよく飛び出していった翡翠。神力の防護壁がなくなった瞬間、私とコハクは身体に張り付けた御札で小さな結界に包まれた。
瘴気に関してはこれで防げる。問題はこの刃物のような風だ。コハクが霊力を纏わせた刀で飛んでくる風の刃を斬り裂いてくれているおかげで難は逃れているが、恐らくそう長くは持たない。御札が傷つけば、その瞬間に結界は消えてしまう。
陰陽師がかつて身に着けていた装束を着てきたのは、せめて見た目だけでもと気分を上げるためだったのだが、どうやら正解だったようだ。不思議と霊力の流れが掴みやすい。
牡丹のような赤紫の単衣の上に白い狩衣、烏帽子こそつけていないものの、見た目は完全に陰陽師のそれだ。だからこそあの悪霊も反応したのかもしれない。
私は焦る気持ちをなんとか落ち着けて、術式を唱え終わると共に結界の軸となる紋を書いた札を四方に飛ばす。その瞬間、私とコハクを囲んで薄青い膜が包み込んだ。瘴気と風がぴたりと止み、まるで別の次元にいるかのように清み渡った空間が広がる。