「──真澄さま」
呼びかけられ、私は翡翠の腕の中からコハクへと顔を向ける。
「もちろんボクもお供させて頂きます。もとより真澄さまをお守りするのは、式であるボクの役目。他の方のお手を煩わせるまでもありません」
「……ありがとう。コハクがいたら安心だね」
前にコハクが言っていた言葉は、今もまだ私の中に恐怖のひとつとして残っている。
いつ壊れるかわからない──。まるで棘のように、その言葉は痛みを伴って胸をつく。
私にとってコハクは、それこそ家族も同然だ。
誰よりも信じられるコハクがいなくなってしまう未来なんて考えたくはない。それでもコハクは、自分よりも私を大事にしようとする。式神として、忠実に生きようとする。
それはコハクにとって天命のようなもので、たとえ私が危険なことはせず待っていてほしいと止めたところで無駄なのだ。きっとそんなことを言った暁には彼にとても傷ついた顔をさせてしまうし、式神の本来の仕事を奪ってしまうのは主人としてあるまじきこと。
心の底では望んでいなくても、咎めることなんて私には出来なかった。
「盛り上がってるとこ悪いんだけどよ。オレも行かせてもらうぜ、お嬢」
これまで部屋の隅で静かに話を聞いていた浅葱さんが、不意に立ち上がった。
「乗り掛かった船だ。数は多い方が良いだろう?」
「浅葱さん……。でも、姫鏡は良いの?」
せっかく恋人が出来たばかりなのにそんな危険な場所に行くなんて……。
そう心配になって尋ねると、ふっと大人の笑みを滲ませた浅葱さんは、後ろに控える姫鏡を振り返った。見れば姫鏡はいつになく真剣な顔で話を聞いていた。
「だってよ、姫鏡」
「そんなの愚問ですわ。わたくしの大好きな真澄ちゃんひとり守れないようでは、いくら運命の出会いでもこっちから願い下げです。本気でお守りしてきてくださいまし」
「というわけだ。まあおっさんなのは違いねえが、オレも妖怪の中ではそれなりに強い方なんでね。自分で言っちゃあなんだが、助っ人くらいにはなる。連れてってくれるか、お嬢」
姫鏡のブレない毅然さにいっそ尊敬を覚えながら、私は「もちろんです」と顎を引く。
浅葱さんが実はすごい妖怪だというのは、うっすらと気づいていた。
うつしよとかくりよを行き来出来るだけで充分保証されているけれど、酒に酔って暴れた客を浅葱さんがねじ伏せた──なんて噂もちょくちょく耳にしていたから。
姫鏡はそれを知ってか知らずか、必ず帰ってくると信じて送り出す決意をしたんだろう。
なんともカッコ良い彼女である。