「大丈夫。真澄なら出来る」

「っ、でも」

「難しく考える必要はない。本来なら術のひとつでも唱えた方が精度は上がるが、そんなことをしなくても『主』ならば封印は可能だからな」


 どこかで聞いた覚えのある、深い海の底から優しく訴えかけてくるような声が頭の中に直接響いてくる。不思議と荒れていた心が落ち着いてきて、私は戸惑いながら頷いた。


「中途半端に行き場を失って、苦しみもがいている式神を元の箱に優しく戻すんだ。心配しなくとも式神の封印というのは辛いものではないからな」

「そう、なの?」

「ああ、それはそれは心地の良いものだと聞く。だから驚かさないようそっと蓋をしてやるといい。穏やかな心でやればやるほど、おまえの気持ちは式神に伝わる。真澄と式神を繋ぐ手伝いは俺が引き受けるから、安心して封印していいぞ」


 式神黙示録を中心に吹き荒れる風。

 服も髪も激しくばたつかせながら、私は黙示録に向かって両手を伸ばした。

 ……苦しんでいる式神を、助けてあげる。

 なんとか気持ちを落ち着けて、言われた通りにイメージすると、不意に意識がどこか別の空間に飛んだような気がした。何もない、ただただ闇が広がるばかりのそこは、けれど確かに心が穏やかになっていく。まるで、母体に包まれているような。

 ふっと瞬きをした瞬間、目の前に浄箱に似た箱が現れた。見れば蓋がずれており、そこからなにかが苦しんでいるような、助けを求めるような嗚咽が聞こえてくる。

 ──怯えてるの?

 そう問いかけると、一瞬だけ嗚咽が収まったような気がした。箱の中にいる魂とも似た『なにか』が私の存在に気づいたのだと感じた瞬間、私と箱を取り巻くように金色の糸が漂い始めた。導かれるように箱に近づき『大丈夫、怖くないよ』と優しく声をかける。

 ずっと眠っていたから、急に起こされてびっくりしちゃったんだね。

 蓋にそっと触れてずれた部分を直してあげながら、私は確信した。さっき男が言っていた『意思のない式神』というのは嘘だ。否、見誤り。だって、この子にもちゃんと意思がある。自ら考えて動くことは出来なくても、感情はここにしっかりと生まれている。


『ごめんね、式神さん──』


 きっといつか、君が起きたいと思った時に、今度はちゃんとこの蓋を開けてあげるから。
大丈夫。今はまだ、その時じゃないよ。


『――安心して、おやすみ』


 語りかけた私の言葉を素直に飲み込むように、荒れ狂っていた波がすーっと引いていくのが分かった。嵐を収め、最後は優しいそよ風を残して壺の中に戻っていく。

 ふっと、意識が浮上する。

 恐る恐る瞼を持ち上げると、あれほど吹き荒れていた風は嘘のようにピタリと止んでいた。元の静かな森林が広がる中、私はトンッ……と地面に降り立つ。