「ただのちんちくりんな人間ってわけじゃねぇみたいだな。興味深ぇ」


 地道な修行の成果もあってか、最近はだいぶ霊力のコントロールが出来るようになっていた。こうして身にまとったり、一点に集めたりするのはもうお手の物である。

 効果があったことに安堵しつつ、私は霊力を収めると翡翠を振り返った。

 いつの間にか翡翠の後ろには、りっちゃんを抱きながら怪訝な顔をしている浅葱さんと、お店の惨状を見て絶句する時雨さんの姿がある。まあ、あれだけ騒いでいたら勢揃いになるのも無理はない。そういえば姫鏡はと振り返れば、彼女は見事にぽかんと口を開けていた。

 どうにかしてという思いを込めて翡翠を見上げる。ぎくっと肩を揺らしながら視線を受け止めた翡翠は、ややあってから片手で額を覆い、深いため息をついた。


「……分かった。ちゃんと冷静に話を聞くからそんな目で見るな」


 そう言うと、大きく肩を落としながら上がり框をおりる。すれ違いざまに不機嫌な私の頭をたしなめるようにポンと撫でてから、翡翠は改めて男に向き直った。


「こいつは笹波。酒呑童子という鬼の妖怪で、統隠局の官僚のひとりだ」

「官僚……」


 つまり、翡翠と同じ立場のあやかしということだ。かくりよでは絶対的な存在である。

 しかしそれに驚いたのは何故か私とコハクだけで、姫鏡も浅葱さんも時雨さんも呆れた顔をするばかりで特に反応を示さない。りっちゃんでさえ、不思議そうな顔をしたまま首を傾げている。状況が理解できないのか、それとも……。


「えっと、あの」


 戸惑う私に気づいてか、姫鏡が私の元にやってきてコソッと耳打ちした。


「笹波様は、うちの居酒屋でよくお飲みになるのですの。わたくしが来てからも、もう数回はいらっしゃってますから、一応お知り合いなのですわ」


 なるほど、そういうことか。この弥生通りによく来るのなら、時雨さんやりっちゃんが知っていてもおかしくない。つまりここで知らないのは私とコハクだけなのだ。

 酒呑童子という名前からしても、相当お酒が好きな妖怪なんだろう。

 私は納得しながら、改めて翡翠の隣に並ぶ。