「……なんだテメェ、この俺様に逆らうってのか?」


 燃えるように真っ赤な髪、耳に並ぶいくつものピアス、鋭い目付きにヤンキー口調。

 ──どう考えても危ないヤツだ。というか、自分のことを俺様なんて言っている時点でナルシスト確定。しかも、このあやかしは間違いなく……強い。

 私は反射的にコハクを引き寄せ、背中に隠す。コハクは「真澄さまっ?」と驚いたような声をあげるけれど、聞く耳は持たない。いくら式神とはいえ、こんな柄の悪い男の前にコハクを差し出すなんて主人としてあるまじきことだ。


「う、うちのコハクに眼を飛ばさないでください!」

「あぁ? なんだこのちんちくりん」


 百九十センチはありそうな高身長の男に見下ろされ、思わず腰が抜けそうになるけれど必死で耐える。こんなことで臆していたら、私はかくりよで暮らせない。

 真っ赤な髪の間から生えているふたつの真っ黒な角を見るに、恐らくこの男は鬼の妖怪だろう。それだけで人を殺せそうな鋭い目付きはさておいて、それ以外は相当整った顔をしているのに、眉間に寄ったふたつの縦ジワがとにかく全てを台無しにしている。

 私を頭の先から足の先までじっくりと観察したあと、男は「おまえ……」となにか言いかけたが最後まで続くことはなかった。ブン!という空気を切る音がしたと思ったら、なにかがぶつかり合う衝撃音と共に、鬼の男が勢い良くお店の端まで飛ばされていったのだ。

 凄まじい音を立てて店の壁にぽっかりと穴が開き、戸棚が崩壊する。


「……貴様、ここで何をしてる。真澄に手を出したら承知しないと言ったはずだが」


 空気がピキンと凍りついた。上がり框に仁王立ちし、吹っ飛ばされていった男を怒りのこもった冷ややかな目で見つめる翡翠。私はホッと息を吐く。

 どうやら、さきほどの男の声は翡翠の部屋まで届いていたらしい。

 いったいなにを投げたのかと思えば、男の傍に転がっていたのは鉄製の揚げ物鍋だ。あんなものを思いっきり喰らいながら「いってぇな」と何事もなかったかのように立ち上がる男に、さすがのコハクもぎょっとしたように目を剥いていた。

 私は私で、いったいなにが起きているのか分からず、翡翠と男を交互に見る。