「じゃあ姫鏡、やっぱり浅葱さんと付き合ってるんだ?」

「いやですわ、そんな直球に。でも……ええ、そうですの。浅葱さんとはなんだか運命の出会いだったような気がして。それもこれも真澄ちゃんのおかげなのですけれど」


 うふふと照れたように笑う姫鏡が可愛くて、私もついつられて笑ってしまう。ここからほんの少しだけ見える奥の間で、りっちゃんの相手をしてくれている浅葱さんを見つめる姫鏡の瞳は、完全に恋する乙女そのものだ。

 今日は居酒屋が休みだからと、久しぶりにふたりそろって柳翠堂に遊びに来てくれた浅葱さんと姫鏡。相変わらず仲睦ましげで微笑ましい。


「わたくしのことは置いておいて、相変わらず真澄ちゃんは可愛いですわ。見ているだけで目の保養。心が満たされてたまりません。はぁ……」

「あ、あはは……」


 まあ、姫鏡は相変わらずおかしなことばかり言っているけれど。

 最近はとくに何事もなく、毎朝の修行をこなしながら、のんびりとした日々を過ごしていた。夏の気が強くなってきたからか、昼間は軽装の作務衣でも少し暑い。

 お客さんの八割は弥生通りに住む顔見知り。一日に数人くるかこないかの柳翠堂の店番も慣れてきて、最近はひとりでも任せて貰えるようになった。

 ヘタしたら一日お客さんが来ないということもあるから、正直なところよろず屋としての利益はほぼない。帳簿はいつも真っ赤だし、家計は大丈夫なのかと不安になるけれど、そこはさすがの官僚様。どうやらお金には困っていないらしい。

 今日も翡翠は自室にこもって事務作業を──。


「オイ! 翡翠はいるかァ⁉」


 突然、家が揺れるような大声をわめかせながら男が店に飛び込んできた。

 鼓膜がびりびりと悲鳴をあげる。あんまり驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになるが、咄嗟に駆け寄ってくれたコハクに支えられ危うく難を逃れる。


「大丈夫ですか、真澄さま」

「う、うん。ありがとう……それより」


 今もまだ、声を張り上げて翡翠を呼んでいる怒鳴り込み客。どう考えても弥生通りのあやかしではないし、体から滲み出る妖力の圧が尋常じゃない。いったい何者なのだろう。


「なんですかあなたは。道場破りならほかでやってください。真澄さまがお怪我をされたらどうするんです」


 いつもの穏やかな様子からは考えられない冷気をはらんだ声で睨みつけるコハク。

 振り返った男は「あ?」と鋭い眼光を向け、地の底から湧いてくるような禍々しい妖力をぶわっと辺りに放った。窓がびりびりと音を立て、私は思わず「ひえっ」と飛び上がる。