真澄がいつも通り店番に勤しんでいる頃、ようやく六花を寝かしつけたコハクのもとに部屋で仕事をしていたはずの翡翠が現れた。コハクは大して驚きもせず、六花のお腹の上にタオルケットを掛けなおし部屋を出る。後ろ手に障子扉を閉めて、翡翠を見上げた。


「いかがされましたか、旦那さま」

「──……」

「今朝の話、聞かれていたのでしょう? そのことでしょうか」


 翡翠の表情は変わらない。怒っているわけでも、笑っているわけでもない。

 ただコハクをじっと見つめて、その真意を読み解こうとするように真剣だった。


「……気づいていたのか」

「ええ、まあ。式神たるもの常々周囲は警戒しておりますから。真澄さまは気づいておられないと思いますが、恐らく時雨さまもわかっていたと思いますよ」

「だろうな」


 はあ、とひとつ嘆息すると、翡翠はコハクを見下ろしながらすっと目を細めた。


「……ひとつ、聞いても良いか」

「なんなりと」

「おまえは、賀茂家が受け継いできたあの黙示録の式神だろう。……なぜ、弥生の時に現れなかった? あいつも黙示録の存在を知り、さらに力も申し分なかったはずだが」


 弥生。真澄の祖母の名だ。コハクも彼女を知っていた。そもそもコハクが白ヤモリの姿しか保てない半解放状態に陥ったのは、弥生がまだ存命の頃だった。


「……なぜ、弥生の式神にはならなかった?」


 コハクはわずかに目を細める。なぜもなにも、とつい笑ってしまいそうになった。


「旦那さまは、なにか勘違いしておられるようで。ご安心ください、決して弥生さまだけではありませんよ。これまで黙示録の封印を解くことが出来るほどの霊力持ちなら、それこそ何人もいらっしゃいました。なにせ千年もの月日を受け継がれてきた代物ですからね」


 そうだ。霊力持ちの人間なんてそれこそ五万といる。だがそれは式神にとってさほど重要な事柄ではないのだ。霊力など二の次、最も大事なことは他にある。