「ありがとう、コハク……」


 それ以上の言葉が見つからなくて、私は堪え切れず涙を流しながらコハクを抱きしめる。

 そもそも、私のご先祖様がしたことは許されることじゃない。コハクは彼の末裔の私を恨んだって良いくらいなのだ。その罪をコハクが背負うなんて筋違いなのだから。それでも一途に主人を想い続けるのは、式神の本能なのか。それともコハク自身の意思、なのか……。


「──いいえ、こちらこそです。真澄さま」


 時雨さんが渡してくれたティッシュで涙を拭い、なんとか気持ちを落ち着けるよう小さく息を吐き出す。ああもう、こんなに泣いてばかりで、情けないったらない。

 自分の頼りない手のひらを見つめながら、私は霊力を一点に集めてみる。

 ……こんな話を聞いてしまったら、なおのことこの力を使いこなせるようにならなければならない。まだまだ半人前だし、そう簡単なことではないとわかっているけれど、やっぱりコハクに守られてばかりではやはりダメなのだ。

 主人として、大切な式神であるコハクを守れるようにならなくては。


「暗い話をしてしまって申し訳ありません。泣かせるつもりはなかったのですが……。時雨さんも、お付き合い下さってありがとうございました」

「いえ、こちらこそ貴重なお話が聞けて有意義な時間でした」


 さて、と立ち上がった時雨さんに、私もはっと顔を上げた。

 慌てて柱時計を見れば、もういつもならとっくに朝食を食べている時間になっている。まだ朝食も作っていないのに、開店時刻まで一時間しかない。


「うわ、どうしよう。時雨さん、朝食作り手伝います!」

「ふふ、実は昨日、翡翠が出先で美味しいパンを手に入れてきてくれたので、たまには洋食にしようかと思っていたところなんです。なので、今日は自分が手伝う側になるかと」

「洋食ですか……なら、とろとろオムレツとかどうですか? ウインナーとトマトも添えて……あ、昨日の夜のポテトサラダもまだ残ってましたよね」

「良いですね。それでいきましょうか」


 コハクに翡翠とりっちゃんを起こしてくるように頼み、私と時雨さんは急ぎ朝食作りへと向かう。ほかのことに意識を向けていないと、また泣いてしまいそうだった。

 ──いつ壊れるかわからない。

 もし本当にその時が来てしまったら、私はいったいどうするのだろう。
私に何が出来るのだろう。

 出逢いがあれば別れがある。そのことを身をもって知っているからこそ、大切になればなるほど心に棲みつく恐怖は大きくなっていく。越えられない、個々が与えられた命の時間は、いつも私の前に立ちはだかる。手が届かないほど高く硬い壁で塞いでしまう。

 ……願わくば。

 願わくば、どうか変わらずに──。そう祈ることしか今は出来なかった。