「……それでも君は、真澄さんの式神になることを望んだのでしょう?」


 ハッとした。核心をつくように、時雨さんは微笑む。

 コハクがそう簡単に答えられることじゃないとわかっていながら、けれどもあえて尋ねたのだろう彼に、私は戸惑いながら視線を向けた。


「時雨さん、それは……」

「いいのです、真澄さま。ボクとて、自分の力不足は重々承知しています。けれどこうして実体化し、真澄さまの傍にいれるようになってしまったら、もうボクは後戻り出来ない。たとえ式神として不十分でも、お役目を全うするしか道はありません」


 うっすらと涙の浮かんだ琥珀色の瞳が私を捉えて、ひと粒の雫を頬に滑らせながら大きく揺れた。ドクン、とひと際大きな鼓動が胸を打ち、波打つように全身を駆け抜ける。


「──ボクは、誰よりも大切な真澄さまのお傍にいたいのです」

「っ……」


 そのとき不思議と、初めてコハクの本音が聞けたような気がした。

 いつもどこか遠慮が抜けず、一歩下がって物事を見ていた。そのくせ私に対する忠誠心だけは揺るぎなく、どんな時でもそばを離れず守ってくれようとする。翡翠以上の心配性で、私がなにかを頼むとなんでも嬉しそうにこなしてくれる──心優しい式神。

 真澄さま、と呼び慣れたように私に向き合い、どんな時でも柔らかく微笑んでくれるコハクに、いったい何度救われたかわからない。白ヤモリの姿だった時からずっと。

 何かがぐっと喉に込み上げる。鼻の奥がツンと痛んで目頭が熱くなった。

 どんな時でも、どんな場所でも、いつだって傍らに寄り添ってくれていた白ヤモリは、決して偶然なんかではなく、自らの意思で私のそばにいてくれたのだ。

 この二十三年間──封印されていたとはいえ、この世に生まれてから千年以上の時を生きているコハクにとっては、ほんの一時のことだったのかもしれないけれど。

 でも、私にとってそれは人生の全てだ。コハクの言葉を信じるには十分すぎる。