「人が手を出してってことは……えっと、禁忌ってことだよね?」
「はい。森羅万象に触れる事柄、定められた掟、この世の理──いわゆる『命』に関するものもそのうちのひとつに当たります。正確には、生と死、に値するものでしょうか」
陰陽術の中には、禁忌とされているものが多くあると言われている。修行しているわけではない私でも、なんとなく『触れてはならない』領域は本能で察することが出来る。祖母からも、決してそこには触れるべからずときつく言われていた。
「例えば、病を患った者に陰陽師が施せるのは、その方に憑いた邪を祓い、病が治りますようにと生の気を集めて祈祷することくらいです。いくら霊力が強くても、陰陽師は医者ではありません。病を直接治すことはもちろん、死んだ人間を生き返らせるなど言語道断。出来るわけがない──否、してはならない。……ですが、愚かにもそういった事柄に手を出してしまった者がいました。彼は、人ならざるモノ──いわゆる異形を利用すれば寿命の短い人の子でも永遠の命を手に入れることが出来るのではないか、と考えたのです」
愕然とする私の横で、時雨さんが顔を曇らせながらお茶を啜る。
「永遠の命、ですか。噂に聞いたことはありますが、まさか本当に」
「信じられないかもしれませんが、当時の陰陽師は他の術者と比べても抜きんでていました。知力に然り、霊力に然り……朝廷所属ということも相まってそれなりに権力を持つ者が多かったのもあだになったのでしょう。あまりに危険すぎるがゆえに、とある事件の後は禁忌となり封印されたので……今や知る者もほぼいない、幻の術ですが」
「封印──? ということはまさか成功したのですか? そのような文献は見たことも聞いたこともないように思うのですが」
コハクはなにかを振り切るように瞼を伏せて、ゆるく首を横に振った。