「ちょうど美味しいお茶を煮出しているところです。真澄さまもお疲れのようですし、朝食前の休憩にお茶をしながらお話いたしますね。少々お待ちください」
コハクはそう言い置くと炊事場へと戻り、幾ばくもないうちに三人分のお茶を運んできた。海苔巻きせんべいなどの茶菓子まで用意してくるあたり、相変わらず抜群に仕事が出来る式神だ。ほかの式神がどんなものかはわからないけれど、コハクは絶対優秀だ。
「いつもありがとうね、コハク」
「恐縮です。真澄さまのお役に立てることがボクの喜びなので」
時雨さんも一緒に三方向から座卓を囲んで、まだ湯気のたつ緑茶を啜る。
疲れた身体に温かいお茶は格別だ。食堂から胃にかけてじんわりと熱を持っていくのを感じながら、私はさっそく切り出した。
「それで……コハクはいつから式神を?」
「そうですね、その辺は少し複雑なのですが……ボク自身が生まれたのは、今から千二百年ほど前の平安時代です。ただボクはもともと式神でもなんでもない、ただの白ヤモリだったので、式神になったのはまた少しあとのことですが」
まだ封印を解除する前、幼い頃からどこに行くにも私のそばをついてまわっていた白ヤモリの姿を思い出す。本来はあの姿で生を得たということだろうか。
くりくりとした琥珀色のつぶらな瞳は、人の姿になっても変わらない。銀色に近い真っ白な髪も、陶器のように透き通った肌も、見ればみるほど白ヤモリの姿と重なる。
「あの頃、陰陽師は朝廷勤務の裏でさまざまな実験や研究を行っていました。禁忌や禁術が定められる前の話ですから、それに際限はありません。中には『ろくでもない』ことも多く行われていましたし、むしろそういった術でどこまで成果が残せるかが、当時の術者にとってはなによりも大事だったと言っても良いでしょう」
「当時は今と違って術者の母数も多いですからね。そのぶん術者界隈は激戦区だったのではないですか? 上官の立場も争奪戦でしょう?」
「その通りです。陰陽寮──陰陽師を育成する学校に所属する陰陽学生までもが、そういった実験に着手していました。そういった過去があるからこそ、人の子の術者社会が発展したと言っても過言ではないのでなんとも言えないのですが。ただ……少し、いえかなり、行き過ぎた実験が行われていたことも事実なのです。人が、手を出してはいけないような」
コハクは瞳に影を落とし、言いづらそうにすっと瞼を伏せる。