「コハクが……?」
「彼はそれこそ本職の陰陽師が使役していた式神ですからね。恐らくかつての主人は、真澄さんのご先祖さまである賀茂家の方でしょうし」
言われてみればたしかにそうだ。
あの式神黙示録は、賀茂家で代々受け継がれてきたものだと聞いている。いったいいつ、どのように作られたのかは定かではないが、それこそ全盛期の陰陽師が使っていた可能性もあるのだろう。いや、あれだけ古いのだから、むしろその可能性の方が高いかも。
そのとき不意に「真澄さま」と鈴の鳴るような耳心地の良い声が響いた。
反射的に振り向くと、襖の外で膝をついてこうべを垂れるコハクの姿があった。いつの間にやってきていたのか、もうばっちりと身なりを整えている。
「そろそろ修行を終えられる頃合だと思い様子を見にきたのですが……。お話の内容が、少々気になりまして」
立ち聞きして申し訳ありませんと律儀に謝ってから、コハクは顔をあげて相変わらず天使のような微笑みを見せる。柔らかそうな白髪がふわりと揺れた。
「仰っていた通り、ボクの元主は陰陽師です。真澄さまのお役に立てるかどうかはわかりませんが、ボクの知る限りのことならば、包み隠さずお話いたしますよ」
「えっ、い、いいの?」
「当然です。主である真澄さまのためなら、出来ないことなど何もありませんから」
あくまで式神、仕えているものとしての姿勢を崩さないコハクには本当に感服しかない。一応主人としては、もう少しくらい距離が近くても良いのになと思うのだけれど。