「え、ひ、翡翠……?」
突然のことに困惑する暇もない。私の後頭部に手を添えた翡翠は、優しく自分の方へ引き寄せて、前髪の上の辺りにそっと触れるだけのキスを落とした。
「なにを考えているか知らんが、余計なことだ。俺は今も昔もこれからも、きっと真澄だけに惹かれる定めの中にいる。真澄の魂は、俺にとってこの世界で唯一の愛すべき宝だからな」
「わた、しの……魂……?」
「──縁結びの神を舐めるなよ。俺は一度手に入れたものは絶対に手放さない。今はまだこれが限界だが、いずれはおまえの身も心も奪うつもりで連れてきたんだ。本当に、真澄が俺のものになった暁には、たとえ運命だろうが変えてやるさ」
……気のせいだろうか。
ほんの少し。否、だいぶ、いやとてつもなく、重い愛の言葉に聞こえた。
「無論、強制はしないが。負けるつもりもない。許嫁から嫁にするまでの勝負は俺の勝ちだ」
「待って。ほんとに待って。もしかして私いま口説かれてる? いやむしろ脅されてる?」
「なにを今さら。──ありがとう、真澄。一生、大事にすると誓う」
そんな言葉とともに、ふわりと抱き寄せられて頭を撫でられる。
大事にするのは、扇子か、それとも──。
ああもう、敵わないのは私の方だ。いつもいつも振り回され続けている私の心臓の疲労状態をまったくもって知りもせず、よくもまあ平気な顔で言ってくれる。
赤面どころではない。どうにも抗えない力に押し切られるように全身から力が抜けてしまった私に己の額を合わせ、翡翠が覗き込んでくる。色っぽい熱を孕んだ、銀色の瞳。
これ以上、この変な神さまといたら、本当に、真剣に、どうなることか。
「──お客さま、イチャつきたいならどうぞご自宅で。ここは菓子専門の『甘味処』でございます。度が過ぎるようなら強制退場とさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」