「……み、真澄?」

「っ、え?」

「どうした、急にぼーっとして。あやつらの妖気にでもやられたか」


 不自然に黙りこくった私を心配してくれたらしい。真澄に限ってそれはないだろうが、と様子を窺いながらも相変わらず過保護な視線に苦笑する。

 あのアパートでひとり過ごした一か月は、たしかに気楽で息をつけたように思う。
それなのに、なにかが物足りなくて。

 まるで、心にぽっかりと穴が空いたみたいで。

 誰にも気を遣わずに──否、自分を偽らずに生きれる場所に行きたくて叔父さんたちの元を離れたけれど、ただ離れて一人になっただけでは、なにも変わらなかった。

 むしろ自分が背負ってきた孤独を、ひどく浮き彫りにさせてしまったのかもしれない。

 だからこそ、なのか。

 こうして当然のように私を気にしてくれる存在は、とてもくすぐったい。

 だけど同時に、本当にこれは現実なのかという疑いも消し飛ばせないでいる。

 もしかしたら私は長い長い夢の中にいて、これは都合の良い妄想なのではないか。現実の体はまだあのアパートでひとり、ぐっすり眠っているのではないか。──今この瞬間でさえも、そんな身も蓋もない疑心が私の胸の端っこに蔓延っているのだ。

 そしてこんな醜い気持ちを、人の子の後ろ暗い部分を、きっとこの神さまは知っている。

 隠しても無駄だとわかっていても、知られたくないと思う。

 ……どうか知らないふりをしていてくれと、そう思ってしまう。

 それは相手が神さま、私とは違う人ならざるモノだからか、それとも──。


「大丈夫、なんともないよ」


 空き時なのか私たち以外はお客もいない。ふたりきりの空間。

 にこ、と目を細め口角をあげると、翡翠は一瞬だけなにか言いたそうな顔をしたけれど、ゆるく首を振って言葉を飲み込んだ。代わりにわざとらしく口をへの字に曲げて言い放つ。


「厄介な妖達だ。椛もお鈴も悪い妖怪ではないが、どうにも癖が強くて敵わん」

「う、うん。でも、すごく綺麗な人たちだったね」


 椛さんはもちろんだが、お鈴さんも文句のつけ所のない美女だった。きっとうつしよなら、クールビューティとでも評されて、主に女子から多大な人気と尊敬を得るだろう。