「あ、こ、こんにちは」
「相変わらず元気そうだな」
なんとなく繋いでいた手をぱっと離してしまいながら、ぎこちない笑みを浮かべる。
「せっかく来たんだったら、なんか買っていっておくれよ。安くしとくからさ」
「そのつもりで立ち寄ったんだ。……真澄に手鏡を贈りたくてな」
えっと驚く私を、おばちゃんは「愛されてるねえ」と微笑ましそうにつついてくる。
そんな話は聞いていないし、どうして手鏡?と思ったところで、姫鏡のことを思い出した。
そういえば祖母の形見として長く愛用していた手鏡は、姫鏡という付喪神となって、今や恋する浅葱さんのもとへ旅立ってしまったのだ。代わりの手鏡をどこかで手に入れなくてはと思ってはいたけれど、一連の騒動で忘れてしまっていた。
もしかして翡翠は、それに気づいていたのだろうか。
「ふむ、手鏡ひとつとっても種類が多いな。なあ真澄、どれにする? 値段は気にしなくて良いから好きなものを──真澄?」
「へっ⁉ あ、う、うんっ」
「──おい、大丈夫か? 顔が赤いぞ。風邪でも引いたのか」
もう隠しきれないほど真っ赤な私に気づいて、翡翠は心配そうに腕を伸ばしてくる。
「熱は、ないようだが」
ピト、と額に触れた翡翠の手のひら。直に伝わってくる翡翠の温度は低い。思っていたよりもひんやりと冷たさを帯びたその手が、さらに顔に集まった熱を吸い取っていく。
「ちょ……ちょっと暑いだけ! ほら、着物って締め付けられるから」
「きついなら着替えでも」
「いやいや、着替えないよ⁉ 大丈夫、ほんとに大丈夫!」
だめだ。この神さま、やっぱりちょっと変だ。
仮にも縁結びの神様なら、私が赤くなっている理由くらい察してほしい。
たしかに翡翠は、細かいことによく気がつく節がある。私が足りないと思ったものは伝える前に補充してくれるし、私やりっちゃんの表情の変化にも敏感だ。
過剰なほど心配性だし、とりわけ私のことに関しては気にしすぎだし、変なところで自信がないけれど、不器用の裏側は全て優しさで出来ているような神さま。
確かにそのおかげで、私はかくりよ生活になにひとつ苦労せずにいられるわけだけど。