「あやつは、自分が死ぬことよりも真澄のことを想っていた。こんな言い方はあれだが、そんなに弥生が心を震わす子とはどんな子だろう、と興味を持ってな。まぁ気まぐれで、弥生と契約を結んだ。これは前にも説明したから知っているだろう?」

「うん……私と『結婚』するっていう」

「正確には、『かくりよに真澄が生きていくための居場所を作る』だ。そのための手段が婚姻を結ぶこと──つまり俺という存在と最も繋がる存在にすることが、この契約においての最適解であるまで。他にも、方法はないことはないがな」


 え、そうなの?と目を瞬かせた私に、翡翠は不機嫌に目を逸らす。


「そりゃこのかくりよには俺以外にも加護を授けられるやつはいる。だが、この俺がいるのになぜどこの馬の骨とも知らんやつに真澄を渡さねばならない?」

「あ、ハイ。そうですね、すみません……」


 つい反射的に謝ってしまった。おかしいな、私は悪くないはずなのに。


「まあそういう契約のもと、俺は真澄が生まれた時におまえに会いにいったんだ」

「会いに、いった?」

「まだ生まれたばかりの赤子だった真澄は、比喩でもなんでもなく、この世の何よりも儚いものに見えた。こんな小さなものが命を得て、今を全力で生きているのだと思うと無性に胸が震えて感動した。……恐らく俺は、その時にはもう真澄に堕ちていたんだろうな」


 不意に、私の中でバラバラになっていた記憶が重なった。

 そうだ。あれは翡翠と出会う前に見た夢の中。ぼやける視界で私に語り掛けてきた声。


『──いつか然るべき時がきたら、必ず迎えに行く』


 間違いない。あの時私にそう言ったのは、翡翠だった。