「そもそも、弥生は誰に導かれるまでもなく、自らの力のみでこのかくりよへ渡って来たんだ。霊力を駆使して無理やり扉をこじ開けてな。まったくとんでもないヤツだろう」
「お、おばあちゃんすごい……」
「無論、かくりよのあやかしたちは大騒ぎ。なかには弥生に歯向かっていくやつもいたが、まあ敵うわけもない。あれはあの頃すでに自らの霊力を使いこなしていたし、並のあやかしでは太刀打も出来なかった。この俺でさえ、あやつとまともにやりあおうとは思えん」
思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔で肩を竦めた翡翠は、私の手をとってふたたび歩き出す。ごく自然に繋がれた手に一瞬で意識を持っていかれながら、私は「そっ、それで?」と誤魔化すように話の続きを促した。
「だがまあ、弥生に対するあやかしたちの態度が変わっていくのに時間はかからなかったのも事実だ。お人好しというかなんというか……どんなに襲われても、弥生はあやかしが困っていたら、見返りもなしに手を差し伸べる変なヤツでな。そういうところに惹かれたあやかしが、一人また一人と弥生を慕うようになっていったのさ」
歯向かう奴は容赦なく返り討ちにしていたが、と翡翠はぞっとしたように身じろぎをする。年月を考えるに、ほんの六十年ほど前の話。
しかし祖母がまだ高校生のうちから力を使いこなしていたという驚愕より、翡翠が語る祖母の人物像の方に衝撃を受ける。
私の知っている祖母は、そんな破天荒な性格でも優しい性格でもなかったからだ。
むしろ、真反対と言ってもいい。
どちらかというと『厳格』という言葉がよく似合う人だった。
「そのうち人助け……ならぬあやかし助けが仕事になって、弥生はこの地で『よろず屋』を始めた。最初は何も無いただの広い土地だったこの場所に、弥生を慕ったあやかし達が次々と移り住んで、やがて弥生通りが出来たというわけだな」
「へえ……やっぱりそれおばあちゃんじゃない気がする……」
ぼそぼそと零した私に、翡翠はちらりと視線を向けてから続けた。