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ジューン、ブライド。そういう言葉は知っている。六月に嫁いだ花嫁は幸せになれるとか。そんな六月の佳き日、私は今、あの告白以来ぶりに特大の緊張感に押し潰されそうになっている。
「――というわけで、朋香さんと、結婚前提でのお付き合いをお許しいただけませんでしょうか」
「あの、お気持ちは分かりましたが、ま、まだ中学生ですし」
うちに、梅咲君が来ているのだ。うちの両親には、節王云々の話はまだ保留にしておくことにした。そうでなくても梅咲君はとんでもない爆弾人物だったからだ。現状での梅咲君の家庭環境の方を説明するだけで、うちの両親の寿命が三年は縮んだのではないかとさえ思う。というかこの事実を知った時、私の寿命は確実に縮んだ。
私はここのところカレカノということだけで舞い上がっていたし、反面、女子たちからの地味な嫌がらせなんかにも遭っていて、梅咲君の仮の環境について、完全にノーマークだった。向こうの世界では王子様でも、私と同じ公立中学に通うくらいだから特筆すべき家庭でもないとタカを括っていたというのもある。ところがだ。
「それにあの有名な宇目崎財閥の御曹司様とうちの朋香じゃ、どうしたって不釣り合いで、お互いに苦労が多いんじゃ……」
「ご心配はごもっともです。けれど、こちらは朋香さんの望む環境を整え、苦労のくの字もないよう努めますので、どうかご安心ください」
「逆にそこまでうちの子がしてもらう理由も見当たらなくてですね、庶民の私たちとしてはどうも……」
梅咲君は旧財閥、宇目崎家の一人息子として暮らしており、小さいころ、こちらの世界の空気の馴染めず病弱だったため、『門』の近くにある小学校に転校してきたというのがそもそもだったのだ。宇目崎家は日本人なら誰でも知っているというくらい、様々な事業を展開する超巨大企業グループ。だから周囲が緊張せず他の児童と同じように学習できるよう、梅咲、と名を変えて通学しているのだという。元来、世界の王族や古くからの伝統ある家というものは節王や上級精霊の気脈を受け継ぐ者が営んでいるのが多いのだそう。
ちなみに『門』はあのキラキラ光った梅の木のこと。精霊界とこっちの世界を繋ぐ役割をしているらしい。一族につき、同時期に一つしか存在しない貴重なものなのだそう。
「あの、こう申すのもなんですが……うちの朋香のどのあたりが、その……」
お父さんが至極尤もな疑問をストレートに出してきた。それは娘に対して失礼だと思いつつ、そう訊きたくなる気持ちが痛いほどに理解できる。だってあの宇目崎グループだ。
梅咲君は今だって容姿端麗で文武両道と、四字熟語の褒め言葉をほしいままにしているのだ。それなのに更に富貴栄華ときたら、正直なところ私もこんな自分じゃ不釣り合いすぎて辞退したくなってくる。漫画やドラマとかで見る玉の輿には憧れもあったけれど、いざ自分の身に起きたとなると話は別なのだ。
「朋香さんは季節を愛で、草木を愛でるとても優しくて気品のある女性です。それに、間違いなく僕の運命の人ですから」
「は、はあ。それほどまでに……」
ちょ……っ! 梅咲君、恥ずかしいよ、運命とかやめて! お父さんたち、角の事とか知らないんだから、もう……本当にこのまま消えてしまいたい。
「と、とにかく、結婚とかそういうきちんとしたお話は置いておいてですね、朋香と仲良くしてくださるのはありがたいので、えー」
「まずは学友として仲良くしてほしい、よね?」
「そ、そう、それだ」
「はい! もちろん、勉学も共に切磋琢磨して学生らしいお付き合いをさせていただきたいと思っています!」
「ああ、ああ。そんなにかしこまらないで、こちらこそよろしく頼みます」
かしこまっているのは絶対にお父さんのほうだよ、とツッコミたいのをぐっと堪えて、私は苦いコーヒーをぐいと飲み干した。
ジューン、ブライド。そういう言葉は知っている。六月に嫁いだ花嫁は幸せになれるとか。そんな六月の佳き日、私は今、あの告白以来ぶりに特大の緊張感に押し潰されそうになっている。
「――というわけで、朋香さんと、結婚前提でのお付き合いをお許しいただけませんでしょうか」
「あの、お気持ちは分かりましたが、ま、まだ中学生ですし」
うちに、梅咲君が来ているのだ。うちの両親には、節王云々の話はまだ保留にしておくことにした。そうでなくても梅咲君はとんでもない爆弾人物だったからだ。現状での梅咲君の家庭環境の方を説明するだけで、うちの両親の寿命が三年は縮んだのではないかとさえ思う。というかこの事実を知った時、私の寿命は確実に縮んだ。
私はここのところカレカノということだけで舞い上がっていたし、反面、女子たちからの地味な嫌がらせなんかにも遭っていて、梅咲君の仮の環境について、完全にノーマークだった。向こうの世界では王子様でも、私と同じ公立中学に通うくらいだから特筆すべき家庭でもないとタカを括っていたというのもある。ところがだ。
「それにあの有名な宇目崎財閥の御曹司様とうちの朋香じゃ、どうしたって不釣り合いで、お互いに苦労が多いんじゃ……」
「ご心配はごもっともです。けれど、こちらは朋香さんの望む環境を整え、苦労のくの字もないよう努めますので、どうかご安心ください」
「逆にそこまでうちの子がしてもらう理由も見当たらなくてですね、庶民の私たちとしてはどうも……」
梅咲君は旧財閥、宇目崎家の一人息子として暮らしており、小さいころ、こちらの世界の空気の馴染めず病弱だったため、『門』の近くにある小学校に転校してきたというのがそもそもだったのだ。宇目崎家は日本人なら誰でも知っているというくらい、様々な事業を展開する超巨大企業グループ。だから周囲が緊張せず他の児童と同じように学習できるよう、梅咲、と名を変えて通学しているのだという。元来、世界の王族や古くからの伝統ある家というものは節王や上級精霊の気脈を受け継ぐ者が営んでいるのが多いのだそう。
ちなみに『門』はあのキラキラ光った梅の木のこと。精霊界とこっちの世界を繋ぐ役割をしているらしい。一族につき、同時期に一つしか存在しない貴重なものなのだそう。
「あの、こう申すのもなんですが……うちの朋香のどのあたりが、その……」
お父さんが至極尤もな疑問をストレートに出してきた。それは娘に対して失礼だと思いつつ、そう訊きたくなる気持ちが痛いほどに理解できる。だってあの宇目崎グループだ。
梅咲君は今だって容姿端麗で文武両道と、四字熟語の褒め言葉をほしいままにしているのだ。それなのに更に富貴栄華ときたら、正直なところ私もこんな自分じゃ不釣り合いすぎて辞退したくなってくる。漫画やドラマとかで見る玉の輿には憧れもあったけれど、いざ自分の身に起きたとなると話は別なのだ。
「朋香さんは季節を愛で、草木を愛でるとても優しくて気品のある女性です。それに、間違いなく僕の運命の人ですから」
「は、はあ。それほどまでに……」
ちょ……っ! 梅咲君、恥ずかしいよ、運命とかやめて! お父さんたち、角の事とか知らないんだから、もう……本当にこのまま消えてしまいたい。
「と、とにかく、結婚とかそういうきちんとしたお話は置いておいてですね、朋香と仲良くしてくださるのはありがたいので、えー」
「まずは学友として仲良くしてほしい、よね?」
「そ、そう、それだ」
「はい! もちろん、勉学も共に切磋琢磨して学生らしいお付き合いをさせていただきたいと思っています!」
「ああ、ああ。そんなにかしこまらないで、こちらこそよろしく頼みます」
かしこまっているのは絶対にお父さんのほうだよ、とツッコミたいのをぐっと堪えて、私は苦いコーヒーをぐいと飲み干した。