江麻先生は一度ドアノブから手を離すと、肩にかけた鞄を探ってその中から手帳とペンを取り出した。

ペンで何かを書きとめた彼女が、手帳から紙を一枚破いて俺に手渡す。


「これ、以前朔ちゃんが通っていた学童保育の電話番号です。村尾さんのお父様はご存知だと思うんですけど、何かあったときのためにお兄さんにも」

俺が紙を受け取ると、彼女が僅かに首を傾げるようにしながら柔らかく微笑んだ。


「もし何か困ったことがあったら気軽に連絡ください。ご相談にのりますので」

会うのは二回目。一緒に夕飯を食べたからといって特に親密な話をしたわけでもない。

それなのに、彼女の笑みは無条件に人に安心感を与える。そう思った。


「何かあったときに連絡すれば、いつも電話に出てくれるんですか?」

そう思ったからなのか、それ以外に俺の心を突き動かす何か特別なものがあったのか。

江麻先生に渡された紙切れをつかみながら、気付くと俺は彼女にそう訊ねていた。


「いつも、ではないかもしれません。私は非常勤なので。でも、朔ちゃんの名前を言ってもらえたら、誰でも相談にはのれますから」

ふわりと微笑む彼女に、紙切れに視線を落としながら「そうですか」と呟くように言葉を返す。