「あ、あぁ……」

やっと短くそう答えると、チビは俺を見上げてはにかむ様に笑った。


「帰ろう、お兄ちゃん」

入り口の前で呆然と立ち尽くしている俺に、今度はチビの方からそう呼びかけてくる。


「え、あぁ」


お兄ちゃん……


チビにそう呼ばれてすっかり動揺した俺は、病院の外に出ても煙草を吸うのを忘れていた。

それどころか、どこかに箱ごと落としてきたらしく。

家に帰ると、出かけるときにポケットに突っ込んだはずの煙草がどこにもなかった。


お兄ちゃんって……

どういう心境の変化だ。


その日の晩、眠っているチビの顔を眺めていると俺はなんだか身体中がむず痒くなってきた。

新しい煙草の箱を手にとって、ベランダに出る。

夜風に吹かれながら、煙草の煙をふかして空を見上げる。


その晩、空のどこにも月の姿が見当たらなかった。