「無意識のネガティブな思い込みに身も心も縛られてしまうのは、よくあることなのよ。ただ、無意識は善悪の概念がないから、その人が思い込んでいることをそのまま実現しようとするの。逆に、強く願えば叶う、というのはポジティブな思い込みのおかげ、とも言えるわね」
 その言葉、今ならなんだかとても良くわかるのである。
「ただね、無意識は他人にも働きかけようとするから、お互いに求めるものが一致したりすると、稀に、他人と繋がったりすることもあるそうなのよ」
「え、それって」
 やっぱり、あの深川先輩は――
「あなたがそう思うなら、その通りなのよ」
 それは、いつも通りの紗枝さんの答えであった。
 奇跡のシンクロニシティ――そういうことにしておこうと思う。確かに、MoonBeamsにはあの夜、月の光の魔法が降りて来ていたようだ。
「そして、たぶんまだ終わっていないわよ。というか、始まっているわ。色々と、あったんでしょ? それ以外にも」
「え? 脅さないで下さいよ」
「大丈夫。きっと悪いことじゃないから」
 始まっている――紗枝さんが言うのなら、きっとその通りなんだろう。もう、なんだか何が起きても驚かなくなった自分が居るのである。

 ただ、確かなことがある。あの声――カジ谷君との初遭遇で出た、そして深川先輩を立ち止まらせることができたあの声、それがあの夜以来、意図的にコントロールして出せるようになったのである。紗枝さんのアドバイスで「息」を意識するようになったこともあるけれど、きっとそのせいだけではないと感じている。
 この声で話す――
 音程の高さを気にして、ずっとその気にはなれなかった。歌声の基礎に、とは考えたけれど、普段からこの声で話そうとは全く思わなかった。少なくとも、自分では激しい違和感があったのだ。それは過去の幻影、ずっと囚われていたことだと、紗枝さんが気付かせてはくれたのだけれど。
 でも深川先輩が、僕らしい素敵な声、と言ってくれた。単純だと言われようが、目の前が急に開けたことは事実である。たとえその言葉が嘘だったとしても、それは構わないのだ。
 本当に大事なのはここから先、なのだから。