それが僕だった理由。他の誰でもなく、どうして「僕」だったのか。代わり、というならピアノでもなく、女性でもなく、ましてやマスターほど上手い訳でもないギターの僕が何故選ばれたのか。嬉しかったけれど、そのことにずっと、小さな引っ掛かりがあったのだ。
地面に、枝越しの月明かりが、蒼く、木漏れ日のように揺れる。深川先輩は立ち上がって歩き出した。振り返って空を見上げ、大きく伸びをする。
「月の光が、青いわ。とってもきれいね――」
深川先輩のその声が、真っすぐに僕に向かってきた。それは、目の前三㎝くらいの場所にとどまっているように感じる。深川先輩、今のは僕の質問に対する答え、なんでしょうか?
月光の下に立つ深川先輩の姿は、この世の者と思えないくらい神々しく映った。僕は言葉もなく、ただ見つめることしかできなかった。
どれくらいそうしていたのか、ふいに辺りが暗くなった。振り返ると、再び雲が月を覆ったのである。
「深川先輩、そろそろ――」
戻りませんか、と言いかけて僕は言葉を失った。そこに、深川先輩の姿がなかったのだ。
そうだった。ここに居られるのは、たった一人――それは僕自身。
あの扉の先を見た時に、これもわかっていたのだ。扉が開いた時、《《例のいつもの》》「僕」もすでに解放されたのだと。
「真堂君、大丈夫?」
紗枝さんの声である。あ、本当に眠っちゃったのか。顔を起こして、壁の時計を見ると、もう一時間位経っていた。
「百合ちゃんも、ほら、そろそろ起きて!」
深川先輩がテーブルの向かい側で、同じく手を枕に顔を伏せていた。伸ばした右手の指先が僕の左手に僅かに触れている。
「あ、私、眠っちゃったんだ」と言って顔を起こした深川先輩。眼鏡がちょっとずれている。その姿が、可愛らしい。
深川先輩の背後の壁には、あの「白雪姫の鏡」が掛かっていた。何気なく見ると、起き上がった深川先輩の後ろ姿が映った。あれ、こんなにきれいに映ったっけ? もっとぼんやりしていたような。
地面に、枝越しの月明かりが、蒼く、木漏れ日のように揺れる。深川先輩は立ち上がって歩き出した。振り返って空を見上げ、大きく伸びをする。
「月の光が、青いわ。とってもきれいね――」
深川先輩のその声が、真っすぐに僕に向かってきた。それは、目の前三㎝くらいの場所にとどまっているように感じる。深川先輩、今のは僕の質問に対する答え、なんでしょうか?
月光の下に立つ深川先輩の姿は、この世の者と思えないくらい神々しく映った。僕は言葉もなく、ただ見つめることしかできなかった。
どれくらいそうしていたのか、ふいに辺りが暗くなった。振り返ると、再び雲が月を覆ったのである。
「深川先輩、そろそろ――」
戻りませんか、と言いかけて僕は言葉を失った。そこに、深川先輩の姿がなかったのだ。
そうだった。ここに居られるのは、たった一人――それは僕自身。
あの扉の先を見た時に、これもわかっていたのだ。扉が開いた時、《《例のいつもの》》「僕」もすでに解放されたのだと。
「真堂君、大丈夫?」
紗枝さんの声である。あ、本当に眠っちゃったのか。顔を起こして、壁の時計を見ると、もう一時間位経っていた。
「百合ちゃんも、ほら、そろそろ起きて!」
深川先輩がテーブルの向かい側で、同じく手を枕に顔を伏せていた。伸ばした右手の指先が僕の左手に僅かに触れている。
「あ、私、眠っちゃったんだ」と言って顔を起こした深川先輩。眼鏡がちょっとずれている。その姿が、可愛らしい。
深川先輩の背後の壁には、あの「白雪姫の鏡」が掛かっていた。何気なく見ると、起き上がった深川先輩の後ろ姿が映った。あれ、こんなにきれいに映ったっけ? もっとぼんやりしていたような。