いつの間にか濁流の音が聞こえなくなっていた。
 僕はやっと全てを理解した。壁だと思っていた扉の向こうに居るのは自分。目を背けていた自分。だからそこに居るはずの自分に怯えていた。でも、どちらも自分自身なんだ。
 今ならわかる。それはありのままの姿を受け入れられない自分。今の事態を生んだ、一番奥の核心部分。でも――
 誰も居ない。
 その先に見えたのは、月明かりに照らされた美しい庭園だった。音さえないのではないかと思えるくらいの、神秘的な風景。深川先輩は僕の肘を掴んでいる。僕と深川先輩は、並んでその場所に足を踏み入れた。
 手入れの行き届いた、落ち着いた洋風の庭である。ただ、今は誰も居ない。そのこともわかる。何処なのか。尋ねることはしない。それはわかっていることだった。
 庭はそれほど広くはなく、その更に先にも道が続いている。深川先輩は庭の真ん中の大きな木の下のベンチに腰を下ろした。僕も隣に座る。
 目を閉じたままの深川先輩が、静かに話し始めた。
「『Re:Person』は、崩壊しかかっていたのよ」
 仲の良かった三人の、想いのバランスが崩れた。そこに恋愛感情が発生したからだ、という。
「ピアノの彼女とは昔からの親友だったの。だから、彼女が苦しんでいる姿には心を痛めたわ」
 ピアノの先輩。一度だけ会ったことがある。長い黒髪が印象的で、ちょっと気が弱そうな感じの、目が大きくて色白の人だった。それ以上の詳しい事情は話してくれないけれど、三人の中で彼女が苦しんでいたということは、片想いということだろうか。
「私は、音楽活動とそのことは、別問題だと捉えていたんだけれど」と、深川先輩が言葉を続ける。「耐えきれずに、彼女は、去ることになったわ。真堂君を誘った時よ。それは彼女のためでもあったの」
 それは、深川先輩と宮下先輩の二人きりでのユニットの状態を避けるためだった、と言う。
 ――そうだったんですか。
 でも、宮下先輩はどうしていなくなったんだろう? それは、僕からは聞けなかった。
 そして、もう一つ、聞けなかった大事なことがある。
「どうして、僕を『Re:Person』に誘ってくれたんですか?」