「声帯の長さで音域が決まるのは知ってるわよね? 女性は短い=高い、男性は長い=低い」
「知ってます」
「その根本は訓練でも変えられない。その音域を越えて出そうとすると、たいていの場合無理をすることになって、つまり余計な力がいっぱい入ってしまうことになるわ。だから、響かない声になる。それに、ね、音域は高い方には伸びる余地があるけど、低い方には残念ながらほとんど伸びない。これは物理的な話で、どうにもならないの。だから、余計に無駄な力が入ることになるわね」
 無駄な努力、ということだろうか。
「あなたの場合、音域の設定を低いギリギリにしてしまった。その限界域で、響く、通る声を出すには技術がいるのよ。その技術なしで、無理に出そうとすると」
「すると?」
「怒鳴るしかないわね」
「!」
 ――それだ。
「あなたが『普段の話し声』を出している時の体の使い方、それ自体に無理があるのよ。低い声にするには、そういう体の使い方をするしかなかった、でもそれだと、どうやっても音色や響きは犠牲になる。自然な音の高さで違う体の使い方をすれば、違う種類の声、良い音色の声が出せることに気付かなかった。でも、もう身についちゃってるから、その使い方が唯一で自然だと思い込んでいるんじゃないかしら? 無意識のレベルで」
 なんと、僕の話し声は無意識に無理に身に着けたものだったというのか。
「だから、あなたは本来、あなたのイメージしているような音色の声を出せるはずなのよ。ただ、それはあなたの自然な音域の中で、だけどね」
 そういうことだったのか。
 僕は――本当は、もっと高い音域で「自然な」声質の話し声も出せる。でも、無意識に違う音域の声、低い音で話そうとして、「自然な声」の体の使い方を知らないまま今日に至ったのだ。
「声を出す行為は本来シンプルなのよ。赤ちゃんだって生まれた瞬間に泣くわ。でも、大人になると色々な要因で、簡単には出せなくなる。人前で話す、それは何かしら他人を意識するもので、無意識に、こうありたいという思惑が本来の声を歪める」
 そう言って更に、紗枝さんは僕に問いかける。
「それは、何故? それが精神的な問題だわね。どうして『低い声』じゃなきゃダメだと思ったの?」