そのカジ谷君についても、聞きたかったことがあった。ずいぶん忠実な手足のように働いていた印象だったけれど、西川代表に何か負い目でもあったのだろうか?
西川代表はしばらく苦い顔をして考えていたが、「この話は内密に」と、話してくれたことによると――
今現在は実家暮らしの西川代表だが、春先は会員勧誘のため寮にいた。その時、同室だったカジ谷君が書いたラブレターを、ゴミ箱から見つけた、と。
「ラブレターとは! カジ谷君、やるなぁ。ちなみに誰宛だったんですか?」
あのカジ谷君の意中の娘とは。ちょっと気になった僕は下衆なことを聞いてみる。
「相手は奈緒だ」と、西川代表は難しい顔で言う。
「あ――」そういう事だったのか。今の一言で僕は全て納得した。しかし――
「全部暗号で書いてあった」
「へ? 暗号」
「それも、奈緒には解けるかどうかの難解な――私にはすぐに解けたがね」
「奈緒さんに解けない? あの、ポリビュオスとやらは簡単に解いたように見えましたけど」
「あんなのは、暗号のうちに入らないさ」
「……」
どうもこの人達の「標準」というか、その辺の感覚がまだよくわからない。
それにしても、相手に読めないかもしれないラブレターとは。情熱の傾け方が微妙にずれていないか? ただ、気持ちはわからないでもないけれど。
「勧誘時の思惑通り、と言えばその通りなのだが、実際にそういうことになると、兄としても、その――大いに複雑なわけでね」
それで、ちょっと謀った、と
「それをネタに脅した、んですか?」
「人聞きが悪い。実物はゴミ箱に戻した。捨てられて、もうない。ただ――」
「ただ?」
「匂わせただけだよ。それで、実験に協力しろ、と」
西川代表は、声を潜めるように言う。それを世間では普通、脅迫と言うのではなかろうか?
「協力したらいいことがあるぞ、共同作業も増えるぞ、成功したら、もしかすると二人きりで食事とかのチャンスもあるかもしれないぞ――と。まあ、チャンスは増えるが、結局はは本人次第だけどな。そのかわり、協力しないと、このラブレターの存在が『偶然に』奈緒さんの知るところになる――と」
西川代表の言い方は、なんだか例の「落としのテクニック」の実演を聞いているようである。
「半分冗談だよ。進んで協力してくれたんだ。ただ、誰にも解けないから、と安心してそのまま捨てた暗号をあっさり解いた私を尊敬、とまではいかないが、それに近い念を抱いたらしい感じは受けた。それに、兄である私にアピール、の意味もあったのだろうな」
聞いてはいけない話を聞かされてしまった気がする。僕の身の安全は保障されるだろうか。
ただ、ラブレターの件は――本当に聞かなかったことにしよう。
奈緒さんに関しては、思惑に関してうすうす気付いてる節はあったが、例の勧誘の際は久しぶりの兄との「ゲーム」を楽しんでいた風だった、という。ただ、その後なんとなく後ろめたさは引きずっているらしい。それを「弱み」として逆に利用する形で、会の仕事を手伝わせていた、と。
「人が悪いですね。極悪非道だ」
「奈緒には悪いことをしたかもしれない」
「まあ、それに関してはそれほどでもない、かもしれないですけどね」
実際、暗号を見つけた時の奈緒さんは、とても生き生きしていたように見えたのである。
「悪魔に取りつかれていたのだ。反省している」
何らかの償いは考えているのだ、という。
西川代表はしばらく苦い顔をして考えていたが、「この話は内密に」と、話してくれたことによると――
今現在は実家暮らしの西川代表だが、春先は会員勧誘のため寮にいた。その時、同室だったカジ谷君が書いたラブレターを、ゴミ箱から見つけた、と。
「ラブレターとは! カジ谷君、やるなぁ。ちなみに誰宛だったんですか?」
あのカジ谷君の意中の娘とは。ちょっと気になった僕は下衆なことを聞いてみる。
「相手は奈緒だ」と、西川代表は難しい顔で言う。
「あ――」そういう事だったのか。今の一言で僕は全て納得した。しかし――
「全部暗号で書いてあった」
「へ? 暗号」
「それも、奈緒には解けるかどうかの難解な――私にはすぐに解けたがね」
「奈緒さんに解けない? あの、ポリビュオスとやらは簡単に解いたように見えましたけど」
「あんなのは、暗号のうちに入らないさ」
「……」
どうもこの人達の「標準」というか、その辺の感覚がまだよくわからない。
それにしても、相手に読めないかもしれないラブレターとは。情熱の傾け方が微妙にずれていないか? ただ、気持ちはわからないでもないけれど。
「勧誘時の思惑通り、と言えばその通りなのだが、実際にそういうことになると、兄としても、その――大いに複雑なわけでね」
それで、ちょっと謀った、と
「それをネタに脅した、んですか?」
「人聞きが悪い。実物はゴミ箱に戻した。捨てられて、もうない。ただ――」
「ただ?」
「匂わせただけだよ。それで、実験に協力しろ、と」
西川代表は、声を潜めるように言う。それを世間では普通、脅迫と言うのではなかろうか?
「協力したらいいことがあるぞ、共同作業も増えるぞ、成功したら、もしかすると二人きりで食事とかのチャンスもあるかもしれないぞ――と。まあ、チャンスは増えるが、結局はは本人次第だけどな。そのかわり、協力しないと、このラブレターの存在が『偶然に』奈緒さんの知るところになる――と」
西川代表の言い方は、なんだか例の「落としのテクニック」の実演を聞いているようである。
「半分冗談だよ。進んで協力してくれたんだ。ただ、誰にも解けないから、と安心してそのまま捨てた暗号をあっさり解いた私を尊敬、とまではいかないが、それに近い念を抱いたらしい感じは受けた。それに、兄である私にアピール、の意味もあったのだろうな」
聞いてはいけない話を聞かされてしまった気がする。僕の身の安全は保障されるだろうか。
ただ、ラブレターの件は――本当に聞かなかったことにしよう。
奈緒さんに関しては、思惑に関してうすうす気付いてる節はあったが、例の勧誘の際は久しぶりの兄との「ゲーム」を楽しんでいた風だった、という。ただ、その後なんとなく後ろめたさは引きずっているらしい。それを「弱み」として逆に利用する形で、会の仕事を手伝わせていた、と。
「人が悪いですね。極悪非道だ」
「奈緒には悪いことをしたかもしれない」
「まあ、それに関してはそれほどでもない、かもしれないですけどね」
実際、暗号を見つけた時の奈緒さんは、とても生き生きしていたように見えたのである。
「悪魔に取りつかれていたのだ。反省している」
何らかの償いは考えているのだ、という。