その週の金曜日。
 夜の始まりに、駅前通りの街中は雑多な賑わいが渦巻き始めていた。だが、繁華街を超えて南に下ると徐々に人通りは落ち着いて、行き交う車の音だけが目立つ。やがて、突き当りの公園前のT字路を右へ曲がった先、次の大きな交差点は電車通りと交わっていた。
 ここは、その電車通り手前の、古いビルとビルの間の細い道路である。小さな事務所や個人商店、理髪店などがあって昼間はそれなりに人通りがあるが、この時間になるとほとんど人の姿は見えない。幹線道路側から入ると、かなり先の方に街灯がともっているが、暗い。
 そんな夜の闇に潜んでいるのは、怪人なのである――
 ああ、今まさに何も知らない犠牲者が二人。腕を組みながら歩く若い男女カップルであろうか。幹線道路から折れて、一歩一歩近付いて来るのであった。
 距離を見計らって、右手側の曲がり角の陰に潜んでいた怪しい人影が飛び出す。
「ぼわぁあ!」と叫んで、両掌を顔の横で広げ、舌を震わせる。小細工なし、突然の出現と大げさなアクションによる「お化け屋敷」の方式だった。
「きゃあっ」
 押し殺した悲鳴が上がる。女性は男性の後ろに隠れ、顔を背ける。
 そこで動きを止めた怪人は、一歩二歩とこちらへ近付き、その場でくるりと回った。頭を上下に動かし、そして、決めのセリフを――
「はい、そこまで!」
 眼鏡と口髭で変装していた「男性」の僕が一歩前へ出て、片手で動きを制した。「女性」の奈緒さんも僕の後ろから出て、僕の横に並ぶ。今夜は、あの廃屋に行った時とはまた一味違った、ちょっと大人っぽいお洒落な恰好である。「エサ」として相応しく見えるように、との理由なのではあるが、それについてはちょっと異論をはさみたい気分だ。僕も奈緒さんの指定で強引に「正装」スタイルをさせられているのである。
「え、真堂さん?――と、奈緒ちゃん!」と、怪人の「素」の声が言った。驚きを隠せない様子であった。「どうして?」
 相変わらず、こんな人気のない暗い夜道である。急に誰かが飛び出して来たら、驚くに決まっているし、間違いなく身の危険も感じる。演技に自信がある、と言っていたが、それも動作が無駄に大げさになっただけである。最後の決めのセリフまで言わせる予定だったが、思わず途中で止めてしまった。なんだかそれは聞いてはいけない気がしたのだ。前回の悪夢を思い起こさせた。絶対、後で夢に出そうな気配と恐怖。強化バージョンと言っていたが、面白くなさを強化してどうする。わかる。これは間違いなく絶対に、面白くない!