「とってもお洒落だし、マスターもいい人だし、ケーキも美味しかったし、あの店、気に入りましたよ! ありがとうございます、真堂さん」
 奈緒さんは上機嫌だった。MoonBeamsのケーキはいつもあるわけではなく、マスターの気が向かなければ作らないらしい。あればラッキー、いいことあるわよ、と深川先輩も言っていた。今日は、説得失敗のお詫びの意味も込めて、奢ってあげたのである。
「子供は来ちゃいけない場所だからね」と、ちょっと意地悪く言ってみる。
「じゃあ、保護者同伴で。真堂さん、また連れて来て下さいね」
「えーと、いつから奈緒さんの保護者に?」
「兄じゃ、あの店には合いませんから」と言って、奈緒さんは首を振る。
 ところで―― 
「まだ、望みはあります」と言った奈緒さんと僕が向かっているのは、無笑会の本部なのである。 
 夜も遅い時間の、例の廃屋は不気味な佇まいであった。
 ヒントはここにあるかもしれない、と奈緒さんが思い当たったのだ。最後の望みでもある。
「兄が出かけて行きましたから」
 風邪が治った西川代表が、今日ここに立ち寄った可能性がある、と言うのである。
「明日はカジ谷君もここに来るから、会の取り決めに従うなら、活動の『指示書』をあの部屋に残しているはずだ、と言うんだね?」
「はい。兄の授業は明日一時限目からなので、仕掛けるなら今日中でしょう。兄は生真面目ですから、会則は絶対に守るはず。そこが、唯一決行日を知るチャンスかと」
 本当に極秘裏に事を進めたいなら、そんなことは絶対しないはずだけれど、そこがこの会の特殊性なのだろう。
「ただ、指示書の形式は、定かではないんです。もしかしたら我々が狙うのも判った上で、何か仕掛けをしているかも」
「それは暗号、とか?」
「そうです!」と、いたずらっぽく奈緒さんが言う。
「カジ谷君だけに判って、他のメンバー――今は吉田君と私ですが――にはわからないような暗号、それを私達が見破れるか、です」