その夜は、MoonBeamsで奈緒さんと待ち合わせをしていた。
「お洒落なお店ですね。落ち着きます。雰囲気がいいです」
 奈緒さんは店内に入るなり、何をしに来たのか、というはしゃぎ様である。そう言われても、女子と待ち合わせをするのに、他に店を知らないだけのことなのだ。確かに、ここは隠れ家感はたっぷりあるし、誰が見てもお洒落だし、まあ、気持ちはわかる。けれど、その恰好は――学内やバイト先に現れた時とは違って、何だかとても可愛らしく着飾った様子なのである。こんな僕にもすぐにわかるくらいに。デートにでも行くのか? といった印象である。西川代表が新人勧誘工作に利用したというのも納得できる。これも恐るべき奈緒さん七変化の一形態なのか。いや、幸い僕の方も、一応は礼儀と思って例の「正装」ではあるのだが。
「真堂さん、意外に高得点です」
 テーブルについた両手に顎を乗せて、奈緒さんはにっこり笑う。
 何の採点だろう? マスターもなんだか、興味ありそうにこちらをチラチラと見るのである。違うんですよ!
「説得工作は失敗した――」と僕は、まだ店内の小物に興味津々の奈緒さんに、神妙に頭を下げた。「でも、僕らが勘違いしていた。最悪の事態を起こそうとしているわけではなかった」
 カジ谷君とのやり取りを伝える。多少、部外者を巻き込む恐れはあるが、ギャップによるお笑いパターンを検証するという、それは通常の活動の範疇を著しく超えるものではない。やられた経験者から言わせてもらうとグレーゾーンな部分もあるのだが、すでに僕に対してやったことで、既成事実もある。
 実際、犠牲者(?)の僕は、怒っているわけでも、訴えようとしているわけでもない。迷惑というほどのことではないのだ。おまけに、反省を踏まえた強化版だというし。
「そういうことでしたか。兄の行動にはまだ、多々疑問が残るところではありますが――」
 そう言って奈緒さんはこめかみを指で押さえる。
「ご迷惑をおかけしました。後の始末は私たちでしますわ」と、今度は奈緒さんが頭を下げた。
 こうなると、これはもう、サークル内での正当な活動内容の問題だ。これ以上は内政干渉になる。部外者の僕に、出番はない。
 とはいえ――このままではどうも、気になるというか、心残りと言うか。
「カジ谷君は根拠のない自信を持っていたけど、今回は『安全装置』なしでやるんだよね?」
「そうですね。何かを気にしているのか、別の目論見があるのか、今回は計画の内容が極秘扱いで、兄もカジ谷君も詳しいことは教えてくれないんですよ。そうでなくても、真堂さんに知られた以上、表立っての動きはますます察知が難しくなりそうですし、何より――」
と奈緒さんが、ぐっと顔を近づけてくる。