ここは大学図書館の入口である。僕は外のちょっと離れた柱の陰に隠れて、出入りする人々を見張っていた。
 しばらくすると、建物の中からカジ谷君が出てくるのが見えた。数名の友人達と思われる集団と一緒である。僕は慎重に、やや距離を置いて後をつける。
 人違いかと思った。しゃべり方がいつもの電車アナウンスではないし、動作が落ち着いている。これが普段の姿なのか? サークル活動中は別人ということか? あの壊れた電車アナウンスの声も演技だというのか? どうも、無笑会の連中には裏があるというか、一筋縄では行かないしたたかさのようなものを感じる。
 なぜ、西川代表は非公式に再実験を強行しようとしているのか。測りかねているのは、その真意だった。それがわかれば説得のやりようも出て来ると思ったのだが、西川代表を直接問いただすやり方だと、理由も教えてくれないだろうし、実験は止めないだろう。それがわかっているから、奈緒さんは僕に頼んだのだ。
 深夜バイトの時、極秘資料の中身は一通り読んでみた。それは主に、過去の活動記録の詳細だった。笑いについての学術的な考察や、行った実験についての全てが記されていたのである。よくも、こんなことを真面目に、と思うようなことばかり。当然、被験者が笑ったかどうかの結果については、大半が「失敗」とされていた。この資料からも、決定的なことはやはりわからなかった。奈緒さんも動いているが、説得の後ろ盾になりそうな決定的な材料はまだ何も見つかっていないのだった。
 木島副代表の帰国をリミットとするなら、準備に時間を要しているにしても、もう決行までそれほど時間はないはずである。色々考えた結果、ここで一度真正面から当たってみることにしたのである。それで失敗しても、何か事態が動いてくれれば次の手も打てるから、と判断してのことだった。
 ターゲットはやはりカジ谷君だ。西川代表よりも彼の方が、まだ攻略の難易度は低い。奈緒さん情報だと、僕には、集会に参加してもらった「借り」みたいなものも感じているようだし。
 しばらくキャンパスの道を進んで、友人グループと別れて一人になったところで、声をかけた。
「真堂――さん?」
 僕に気付いて、カジ谷君が驚く。今日は僕が突然現れるパターンだ。どうだ、この前のお返しだ! もちろん、これも奈緒さんの協力あってのことであるが。
 ――なぜ、西川代表は実験を強行しようとしている?
 ――なぜ、実験に協力している?
 ――なぜ、木島副代表の留守を狙う?
 僕は機先を制して、矢継ぎ早に核心の問いを突き付けた。これはカジ谷君方式だ。
 しかし、カジ谷君は何も答えない。