夕方。空は曇っていて、雨が降り出しそうであった。
 紗枝さんにこれまでの経緯を相談したくて、MoonBeamsに向かう途中だった。
 この店はどうして夜しか開けないのか、聞いてみたことがある。アルコール類のメニューがあるわけでもなく、喘息持ちだからと完全禁煙で、夜向きの店とは思えない。
 ――月が昇っている間しか、ここには居られないんだ。
 マスターからはそんな答えが返ってきた。穏やかな口調でゆっくりと。
 冗談なのか本当なのかわからないけれど、僕はなぜだか、その言葉通りだと捉えている。少なくとも「明るいうちは調子が出ない」とこぼした、その様子については本当らしいのだ。
 もう夏至の頃である。開店時間だけれど、外が明るいからマスターはまだぼんやりしているのではないかと思い、ちょっとまわり道をして、あの夜通った道筋をたどってみることにした。
 幹線道路から路地に入って右カーブの先の方、この街灯の下にカジ谷君が居た。あれが始まりだ、どうして出会ってしまったのか。あれから、ずいぶん経ったように思えるけれど、まだ十日も経っていない。その間に妙な連中の知り合いが増えた。深川先輩の言うように、他人が自分を映す鏡だと言うなら、そのことで、より自分が見えるようになっているだろうか。
 街灯の立っている角の家は空き家のようである。無笑会の寄生している魔境探検部の廃屋のような雰囲気だ。周囲には他に、人の住んでいそうな民家も見当たらない。これは確かに、騒ぎを起こすに適したロケーションかもしれない。
 次の細い十字路。左側はおそらく公園までつながっていて、浴衣姿の奈緒さんが来た方角。僕はここで右に折れて楽器屋へ向かったのだ。想定では曲がらずに真っすぐ進む方が近いはずだったのだが、カジ谷君に遭遇したおかげで、なんとなく先が賑やかそうなこちら側を選んだのだ。
 もし、曲がらずに先へ進んでいたら――
 その先は、今度は左カーブになっていて――思った通り、楽器屋の方角であるが――しかし、更に進むと、道は小さな小川を越えた先で行き止まりになっていた。
 行き止まりの袋小路か――はた、と考える。現実世界でも、何だか行き止まりの道が気になってしまうのは、間違いなくあのいつもの夢のせいである。
 道とは、そもそも繋がることを目的とし、どこかに続いているからこそ道であるのに、どうして行き止まりの袋小路があるんだろうか。つらつらと考えるに、いくつか理由を思いつく。
 そこが個人宅などの終着点である――。
 物理的不可抗力により通行不能である――。
 時間帯や時期指定による通行止めである――。
 道自体がまだ作っている途中である――。
 その先が諸事情により閉鎖又は立ち入り禁止である――。
 それらの中に、行き止まること自体を目的とした理由は見つからない。ならば、僕はあの夢の中でなぜ、繰り返し袋小路に行き当たるのだろうか。
 ――迷わせることを目的にわざと作られたものである。
 ふいに、そんな理由も思い浮かんだ。その先への到達を妨げるための行き止まり。それは迷路か? 城塞か? だとしたら、いったい誰の意志なのだろう?
 気が付くと、袋小路の先端まで来ていた。こんな場所で、僕は何を不毛なことを考えているのだ?
 いささか感傷的な気分の理由は、仕送りまでまだ一週間以上あるのに、財布の底が見えていることと、それに、深川先輩の急用で、今日の練習がキャンセルになったこと。あとは――もう体の一部のような存在の声の問題と、例の集団の件。今、僕の気分を左右する物事はこれだけなのか。自分は意外に単純なようである。
 ところで、ここは、どんな種類の袋小路なんだろうか。
 左側は川で、右側は雑木林である。道路沿いに作られた低い生垣が正面に回り込んでいて、林を分断するように川まで伸びていた。道はその生垣の切れ目を通って中へ続いているけれど、人は通れないように大きな塀のような扉が閉じていた。「立入禁止」の札がある。この先はどこへつながっているんだろう。見たところ、公園に隣接している敷地のようであるけれど。扉があるということは、何かのタイミングでこの扉が開き、先へ行けることもあるのだろうか。
 後で気がついたのだが、小川に掛かる橋の手前には「この先通り抜けできません」と小さな看板があったのを、僕は見落としていたのである。まさしく袋小路に迷い込んだのであった。実際、ここは引き返せばいいだけではあったのだが、何だか暗示的だ。感傷的な気分に拍車がかかるではないか。
 そんなに信心深くはないぞ。でも――