「実はまだ、全然信用できてないんだよね――」
 無笑会のことである。顔を必要以上に引き締めてみる。
「仰《おっしゃ》ることはわかります。あれをただ唐突に見せられて、疑問に思わない方がヘンですから」
 気になったのだが、どうして奈緒さんは会に入ったのだろう。今、普通に笑顔だし、会員の資質があって誘われたとは思えない。あの夜は「私は記録係ですから」と言っていたが。
「西川は――私の兄です。私は会員ではなく、単に運営を手伝っているスタッフの位置付けなんです」
 これは驚いた。なんと、そういう繋がりなのか。でも――
「おそらくは疑問に思っているでしょう事柄について、私の知る限りをお話します」と奈緒さんは、そうきっぱりと言った。

 奈緒さんの話によると、そもそも表立った活動を目的としない、あんな秘密裏の会がどうして何代も続いているのか不思議だったが――何代も続いているということも嘘ではないかと疑ったが、それは本当で――そのからくりの一端は寮の存在だった。
 身内の中で活動と言っても、その身内はどうやって揃えているのか。会員は募集しないのだろうか? まず感じたのはこの疑問だったのだが、それに対しては
「会員は、直々に厳選してスカウトした少数精鋭なのです」という答えが返ってきた。
 資質としては「内向的で孤独、端的に言えば面白くない奴」が条件だという。
 スカウトの手順はこうだ。
 まず、寮内で一緒に生活しながら資質のありそうな者に目をつけ、近付く。資質のあるものとは、群れない、孤独な傾向を強く持つ者でもあるのだが、そこはスカウトする側も同様であるため、逆に仲間というか同士としての共感を得られやすいのだという。そしてある程度仲良くなった折に、隙をつくような形で、面白くない人間がどれだけ駄目なのかを懇々と説く。その上で、代々伝わる門外不出の秘伝中の秘伝「絶対に受ける一言」で笑いを取るのだ。同類と思っていた者が見せる激しいギャップに戸惑わせ、最後に「君にもこんなことができる」と、そんな殺し文句で落とすという。うわ、なんという策略なのか。
「でも、どちらかというと、その『絶対に受ける一言』の中身の方に興味があるかな」
「私も詳しくいことは知らないんですが、実は大した内容じゃないかもしれないです」
 それは単体で面白いわけではなく、面白くない上に退屈で固い話を延々と聞かされて麻痺している状態、という伏線があって初めて効くものらしい。だとすると、その落としのテクニック、そちらの方が笑いを取るよりはるかに難しいのではないかと思うのだけれど。
 その見解を告げると、奈緒さんは「その通りなんです。毎年毎年、条件に合う逸材が見つかるとは限らないし、秘伝の術で必ず籠絡(ろうらく)できるとも限らない。語り手の技術が問われる部分もあるでしょうし」と答えた。
「スカウトができなかった場合は、どうなるんだろう?」
「神の声によって『伝承者』が選ばれるらしいです」
「――それ、本当に普通のサークル活動なんだよね?」
「初代の創設者の方々が、今ではそれなりに権力も財力のある地位にいますので」
「く、黒幕が居るの? ますます悪の秘密結社ではないか」
「別に反社会的行為の類じゃなく、形式的な会の維持と次代への引継ぎの作業に対して幾ばくかの報酬が出る仕組みがあるのです。要は、アルバイトですね。人選については、公募ではなく人脈を利用して内々に行われているようですが」