二日後、昼の混雑タイムを過ぎた学食の一番隅の席で、最安のコロッケ定食をほおばっていると、唐突に奈緒さんが現れた。いつの間にかそこに居た、という風に。顔を上げると、向かいの席で頬杖をついて微笑んでいたのだった。
 驚いて、盛大にむせた。
 まず、誰だかわからなかった。イメージが全く違うのである。あの夜は、うつむきがちで、終始むすっとした表情でほとんど発言はなく、そもそも視線が眼鏡で隠れていたのだ。まるで、あの場の雰囲気に完全に同化しているかのように。
 それが、今日は眼鏡をかけず、肩までの髪は下ろしている。学内の女子達の中に入ると、どこにでもいそうな目立たない、平均的なここの学生の印象なのかなと思うけれど、何かのきっかけで注目すると急に存在が浮き彫りになる感じである。森の中から目の前に落ちてきた木の葉のように。
 そんな見知らぬ女子がじっと見つめてきて、いたずらっぽく笑うのである。僕は悪いことをしたのか? 人違いである、と左右、そして後ろを見ても誰もいない。
 すると、ケムール人のお面が、すっ、とテーブルの上に差し出された。あ!
「奈緒です」と、その「見知らぬ女子」が言った。
 向こうが名乗らなければ、何秒間見ていたってわからなかった。平凡な印象に惑わされていたが、よく見ると整った顔立ちの、美人――というよりは、可愛い子である。いくらでも美しく見せようとすればできるのに、それをわざと抑えているような。何だか、無駄にドキドキする。
「今日は、世を忍ぶ仮の姿です」と奈緒さんが言う。その言い方だと、本職はくノ一か何かのようであるが。
「そういえば、どうしてここが?」
「真堂さんの学部の必須の授業を調べて、張ってました」
 そのやり口は、何だかカジ谷君と似ている! この会の関係者は、隠密の能力に長けているようである。
 奈緒さんはここで姿勢を正すと「ご相談がありまして」と切り出した。
 カジ谷君に続いて、今度は奈緒さんか。僕は知らないうちに無笑会の顧問に就任させられたとでも言うのだろうか。