うーん。何と言うか。
「それは、プロの方々だってそう思っていますよね、たぶん」と、僕は切り出す。そして、ここで思っていた疑問を口にした。
「笑いの仕組みやノウハウは、例えばお笑いの養成所とかでは既に確立されているのではありませんか? もしくは落語とかは? 伝統芸だからノウハウはちゃんとあると思いますが。それらを学ぶとかはしないのですか」
 これは想定問答の範囲らしく、即答が返ってる。
「別に我々は、噺家やプロの芸人になりたいわけではないのです。それらは、ある程度素質がある人がプロを目指すたものものだ。音楽だって、絵画だって、素質のない人でも楽しめるものでしょう。この会で求めるのはプロの笑いではなく、あくまでも日常レベルの笑いですから。もちろん、ノウハウなどは参考にしますけど」
「日常レベルの笑い、とは?」
「意図せずとも、日々、瞬間瞬間に笑いがある。世間の一般の人は普通そうなのでしょう。だが、我々の属性の者は、意図しないと笑いが生まれにくい関係性の世界に居るのです」
 それは――考えただけでも息が詰まりそうだけれど、確かにありそうだ。というか、この場がまさにそんな感じなのである。先ほどの西川代表の話も、話としてはそれなりに興味を引く内容だったと思うし、あのオチにだって形式的にでも笑いが起きそうなものだが、ここでは誰一人笑わなかった。この場の雰囲気のせいだろうか。もっとも、意図的な仕掛けをせずとも、気の知れた良好な人間関係の中では笑いは自然に生まれるものだ。それがないのだとすれば確かに笑いの資質、才能がないというのは本当なのかもしれない。
「閉じた世界の中にも、酸素と同じように笑いが絶対に必要なのです。だから、知らない赤の他人を笑わせるのではなく、あくまで日常の場で、身内の中だけで意図的に笑いを作り出すことを目指しているのです」
 だから、一般的な芸人指向の他のお笑い研究サークルとは違う、と言いたいらしい。
「そういう趣旨なので、我々の存在は公にはしていませんが――」
 我々は真面目に取り組んでいるのです、と拳を固める西川代表だった。
 思うに、活動範囲が限られた、閉じた狭い世界で秘密裏に活動していること自体、笑いとはすこぶる相性が悪そうな印象ではある。真面目に、というあたりもそれに拍車をかけているような気がするのだけれど。
「具体的な活動内容についてですが、実際の活動を見ていただければ。今回のテーマは――ちょっとこちらをご覧下さい」
 西川代表が壁側の棚を指さす。奈緒さんが立ち上がってスイッチを入れた。棚に灯りが灯る。
 展示されているのは幾つかの、一辺が十センチ程度の透明な立方体の箱であった。棚の最上段には「破顔一笑(はがんいっしょう)」と書かれた額が置いてある。