「人生、一番ダメなのは『何もしないこと』なのだ。人は、何かをやって失敗したことよりも、『何もしなかったこと』を一番後悔するものなのだからな」
びし、と僕の眉間に指を指す。さっきまで女子達の話題でうらぶれていた男とは思えない。
「なんだか、お前らしからぬ、凄くいい話を聞いた気がする。でも今のは、何かに挑戦するかどうか迷っている時の話では。今回のとはちょっと違ってないか」と、僕が反論すると、
「細かい例えのことは、この際関係ない。お前の心構えの問題について言ったのだからな」と、桑原は更に語気を強めて言う。
「『何もしない』の選択で集会に行かないなら、そのことで起きるかもしれなかった何かは起こらない。けれど何もしなかったことの結果、つまり『起きるかもしれなかった何かが起こらなかったこと』を後で悔いるかもしれない。だが、積極的に『行かない』と決意した結果なら、何も起こらなくて当然であるがゆえ、同じ結果でも後になって後悔することは、おそらくない――のではないのか?」
僕はうつむいて頭を掻いた。
「まあ、そうだな」
うまく言い包められた感はあるけれど、言わんとしていることはわかる。
「なんか、お前が実は凄くいいやつなんじゃないかと、思えてしまったよ」
「俺は元々いい奴なんだよ。いや、これは最近ある教授が言っていた話で、おお、なるほどと思ったから、いつか使ってやろうと機会をうかがっていたんだがな」
桑原も頭を掻いて笑う。
こいつ、受け売りだったのか。まあ、それはともかく、なんだか迷いは晴れた。
「わかったよ。じゃあ、その案で行く」
「ふむ。では――こいつに決めさせよう」
首を巡らせて何かを探していた桑原は、この部屋唯一のガラス戸の棚から無造作に引っ張り出す――黒ひげ危機一発ゲーム。
「おい、粗末に扱うな」
これは、去年のサークル忘年会のビンゴの景品で、深川先輩が当てたのだが「私は使わないから、よかったら――」と言って僕にくれたものだ。
「これでどうだ?」と言って桑原が、黒ひげの海賊人形入りの樽をテーブルの上に置く。
確かに僕の宝物であり、言わば「ご神体」である。
「お前の中で『行く』の割合は、剣何本だ?」
「う~ん」
しばらく考えて、決めた。
「あえて一本。それでも『行く』が出たら――そういうことだと納得する」
「潔いな。じゃあ剣を一本取れ」
桑原が背中を向けて黒ひげをセットする。
「よし、いいぞ、やれ」
精神を統一する。頭で考えた結論はどう転んでも「行かない」である。でも、後ろ髪を惹かれる何かを感じるのも事実。もし、行けという何かが本当だとしたら――それがこの一本の重さだ。
「深川先輩、頼みます!」
剣を刺す――と、まさかの手応えがあった。
次の瞬間「ぱひょん」と黒ひげ人形が勢いよく樽から飛び出す。テーブルの上を撥ねて、転がる。
僕と桑原は、顔を見合わせて、そして同時に大笑いした。
びし、と僕の眉間に指を指す。さっきまで女子達の話題でうらぶれていた男とは思えない。
「なんだか、お前らしからぬ、凄くいい話を聞いた気がする。でも今のは、何かに挑戦するかどうか迷っている時の話では。今回のとはちょっと違ってないか」と、僕が反論すると、
「細かい例えのことは、この際関係ない。お前の心構えの問題について言ったのだからな」と、桑原は更に語気を強めて言う。
「『何もしない』の選択で集会に行かないなら、そのことで起きるかもしれなかった何かは起こらない。けれど何もしなかったことの結果、つまり『起きるかもしれなかった何かが起こらなかったこと』を後で悔いるかもしれない。だが、積極的に『行かない』と決意した結果なら、何も起こらなくて当然であるがゆえ、同じ結果でも後になって後悔することは、おそらくない――のではないのか?」
僕はうつむいて頭を掻いた。
「まあ、そうだな」
うまく言い包められた感はあるけれど、言わんとしていることはわかる。
「なんか、お前が実は凄くいいやつなんじゃないかと、思えてしまったよ」
「俺は元々いい奴なんだよ。いや、これは最近ある教授が言っていた話で、おお、なるほどと思ったから、いつか使ってやろうと機会をうかがっていたんだがな」
桑原も頭を掻いて笑う。
こいつ、受け売りだったのか。まあ、それはともかく、なんだか迷いは晴れた。
「わかったよ。じゃあ、その案で行く」
「ふむ。では――こいつに決めさせよう」
首を巡らせて何かを探していた桑原は、この部屋唯一のガラス戸の棚から無造作に引っ張り出す――黒ひげ危機一発ゲーム。
「おい、粗末に扱うな」
これは、去年のサークル忘年会のビンゴの景品で、深川先輩が当てたのだが「私は使わないから、よかったら――」と言って僕にくれたものだ。
「これでどうだ?」と言って桑原が、黒ひげの海賊人形入りの樽をテーブルの上に置く。
確かに僕の宝物であり、言わば「ご神体」である。
「お前の中で『行く』の割合は、剣何本だ?」
「う~ん」
しばらく考えて、決めた。
「あえて一本。それでも『行く』が出たら――そういうことだと納得する」
「潔いな。じゃあ剣を一本取れ」
桑原が背中を向けて黒ひげをセットする。
「よし、いいぞ、やれ」
精神を統一する。頭で考えた結論はどう転んでも「行かない」である。でも、後ろ髪を惹かれる何かを感じるのも事実。もし、行けという何かが本当だとしたら――それがこの一本の重さだ。
「深川先輩、頼みます!」
剣を刺す――と、まさかの手応えがあった。
次の瞬間「ぱひょん」と黒ひげ人形が勢いよく樽から飛び出す。テーブルの上を撥ねて、転がる。
僕と桑原は、顔を見合わせて、そして同時に大笑いした。