紗枝さんに促されて、窓際のテーブル席に移動した。僕を占ってくれるという。占いで解決できる問題かどうかは大いに疑問だったのだが、率直に、歌声についての悩みを話した。紗枝さんは、言葉巧みに誘導して、自然に話を聞きだすのがとても上手な印象である。そのせいか、最近はよく同じような夢を見ることまでも、思わずこぼしてしまった。
占いは、演出的な要素はなく、タロットカードを使ったシンプルなものだった。紗枝さんは、細くて長い指先で滑らかにカードを混ぜ始めた。
「ここ、と思ったところで止めてね」と言う紗枝さんの言葉に、僕は目を閉じて、ゆっくり三つ数えてストップをかけた。手品でも始まるのか、というその動きに見とれているうちに、全てのカードの配置は完了する。
「じゃあ、行くわよ」と言って、紗枝さんは一枚、一枚、ゆっくりとカードをめくって行った。その度に、何だかざわざわと、胸の奥から何かが吸い出されて行くような錯覚に囚われる。そして、十枚のカード全てが展開された。紗枝さんはしばらくじっとカードを見つめていたが、やがて眼を閉じた。
紗枝さんが言うには、ここは読み解くというよりカードを介して「見える・聞こえる」というのが近いそうなのである。そして目を閉じたまま、読み取れたという内容を示してくれた。
――今は、自分の中に迷い込んでいる。原因は、過去にある。
――きっかけは訪れる。その時になれば必ずわかる。
――鏡を探せ。自分自身を見ることができる鏡を。
よく理解できず、「いったいどんな鏡ですか?」と僕が尋ねると、
「あんな感じのかな」と、店内の古いウォールミラーを指す。相当古そうな、額の彫刻が緻密な鏡である。
「凄く、雰囲気がありますね」
改めて注目すると、鏡面はちょっと内部が曇っているようで、壁の付近がほの暗いこともあり、よく見えない。なんとなく怖い感じである。
「あまり真剣にのぞき込まない方がいいわよ」と紗枝さんが低いトーンでつぶやく。
「白雪姫に出て来た、例の鏡だという噂だもの」
慌てて飛びのく。何でそんなものがここにある――というか、実在するんですか?
「冗談よ、冗談」
「冗談には聞こえなかったですけど」
どうやら、すっかり紗枝さんの術中に嵌められてしまったようである。
「さて、ここからが重要」と言って、次に紗枝さんが読み取ったのは
――意識の下に眠る者が、そこにある姿を見えなくさせている。
「その意味は?」と僕が尋ねると、「今はあの鏡みたいな感じかしら。何か――言わば『憑き物』のせいで見えなくなっているのよ。それは見えるべき時が来ないと見えないの」と言って、またもや鏡を指さす。あの鏡の曇りも「憑き物」とやらのせいなのだと言いたげである。
そして、最後に、紗枝さんはこう告げた。
――満月の夜に、閉ざされた扉は開かれる。
満月の夜? 閉ざされた扉? これまたおとぎ話のような文言だ。
占いは、ここで終わりだった。「特別サービスで初回は無料!」と言って紗枝さんは笑う。
「かなりハッキリ読み取れたんだけど、何のことか良くわからないかもね」
その通りだった。これが声の悩みの占い結果なんだろうか、全然わからない。特に、最後の一言が。魔法の国の言葉遊びですか?
言葉の意味するところはその人にしかわからないから、と紗枝さんはそれ以上のことは語ってくれないのであった。
占いは、演出的な要素はなく、タロットカードを使ったシンプルなものだった。紗枝さんは、細くて長い指先で滑らかにカードを混ぜ始めた。
「ここ、と思ったところで止めてね」と言う紗枝さんの言葉に、僕は目を閉じて、ゆっくり三つ数えてストップをかけた。手品でも始まるのか、というその動きに見とれているうちに、全てのカードの配置は完了する。
「じゃあ、行くわよ」と言って、紗枝さんは一枚、一枚、ゆっくりとカードをめくって行った。その度に、何だかざわざわと、胸の奥から何かが吸い出されて行くような錯覚に囚われる。そして、十枚のカード全てが展開された。紗枝さんはしばらくじっとカードを見つめていたが、やがて眼を閉じた。
紗枝さんが言うには、ここは読み解くというよりカードを介して「見える・聞こえる」というのが近いそうなのである。そして目を閉じたまま、読み取れたという内容を示してくれた。
――今は、自分の中に迷い込んでいる。原因は、過去にある。
――きっかけは訪れる。その時になれば必ずわかる。
――鏡を探せ。自分自身を見ることができる鏡を。
よく理解できず、「いったいどんな鏡ですか?」と僕が尋ねると、
「あんな感じのかな」と、店内の古いウォールミラーを指す。相当古そうな、額の彫刻が緻密な鏡である。
「凄く、雰囲気がありますね」
改めて注目すると、鏡面はちょっと内部が曇っているようで、壁の付近がほの暗いこともあり、よく見えない。なんとなく怖い感じである。
「あまり真剣にのぞき込まない方がいいわよ」と紗枝さんが低いトーンでつぶやく。
「白雪姫に出て来た、例の鏡だという噂だもの」
慌てて飛びのく。何でそんなものがここにある――というか、実在するんですか?
「冗談よ、冗談」
「冗談には聞こえなかったですけど」
どうやら、すっかり紗枝さんの術中に嵌められてしまったようである。
「さて、ここからが重要」と言って、次に紗枝さんが読み取ったのは
――意識の下に眠る者が、そこにある姿を見えなくさせている。
「その意味は?」と僕が尋ねると、「今はあの鏡みたいな感じかしら。何か――言わば『憑き物』のせいで見えなくなっているのよ。それは見えるべき時が来ないと見えないの」と言って、またもや鏡を指さす。あの鏡の曇りも「憑き物」とやらのせいなのだと言いたげである。
そして、最後に、紗枝さんはこう告げた。
――満月の夜に、閉ざされた扉は開かれる。
満月の夜? 閉ざされた扉? これまたおとぎ話のような文言だ。
占いは、ここで終わりだった。「特別サービスで初回は無料!」と言って紗枝さんは笑う。
「かなりハッキリ読み取れたんだけど、何のことか良くわからないかもね」
その通りだった。これが声の悩みの占い結果なんだろうか、全然わからない。特に、最後の一言が。魔法の国の言葉遊びですか?
言葉の意味するところはその人にしかわからないから、と紗枝さんはそれ以上のことは語ってくれないのであった。