要領の悪い疫病神にしか見えないカジ谷君の申し出を受けようと思ったのには、決め手になった理由があった。
 カジ谷君の言葉で何より驚いたのが「自分の中に迷い込んでいる」という、このフレーズである。これが偶然とは思えなかった。まさか、ここでこのキーワードを聞くことになるとは思わなかったのだ。
 僕は深川先輩との「Re:Person」とは別にもう一つ、「北窓」という同級生とのデュオを結成していた。こちらも、新入生自己紹会を機に結成したものである。相棒の北山は同じジャンルの別グループの大ファンで、デュオという演奏形態が同じことから互いの思惑が一致し、結成の運びになったのであった。
 「北窓」という名称は、二人の苗字からそれぞれ一部を抜き出して合わせる、安直だが正統的なやり方をちょっと捻ったものである。昔からよく間違われるのだが、初対面の時、北山が僕の苗字「真堂(しんどう)」を「まどう」と読んで以来、僕のことをそう呼ぶようになって――今では同学年の連中の間でも、その呼び名が定着しているのだが――そこから、「きたやま」の「きた」と「まどう」の「まど」を合わせた「きたまど」に、語感の良い漢字を当てた、というのが正式な由来だ。最初、僕は「北山堂」を提案したのだが、骨董品屋みたいで嫌だ、と即時却下されたのである。僕はいいと思ったのだけれど。
 当然、活動も「北窓」がメインになるはずだったのだが――。
 北山はひょろりとした体形の長身で、男前なんだけれど、猫背で覇気がないというか意気地がない。普段は穏やかだが酔うと暴れる、人格が変貌する系の優男だ。けっこう僻みっぽく、卑屈になりがちな欠点もある。絶望的観測から入るのが人生のセオリーだ、などと、歌の世界からの受け売りのモットーを口癖にしている奴だ。あの新入生自己紹会では、誰もが知るフォークソングの「泣ける名曲」の、二番の歌詞を「ど忘れ」して演奏が止まってしまい、五秒間ほど金魚のように口をパクパクさせて右手を振り回していたが、結局思い出せず一番をもう一度歌いはじめ、その最中に今度は急に二番を思い出して、歌詞がごちゃ混ぜの意味不明な自分にパニック状態となり、最後は訳も分からず絶叫で締めくくるという、伝説のパフォーマンスを打ち立てた猛者でもある。あれは地獄だった、といまだに事あるごとにこぼしているし、その後、何曲か作った彼のオリジナル曲に二番の歌詞がないのはそのせいらしい。