「あれは、演技じゃなかったんですが」
「ますますダメじゃないか!」
「そうなんです。どこがダメだったか、一度詳しく解説していただきたくて」
 どうやら、僕があの場で逐一的確な「ツッコミ」もしくは「駄目出し」をしたことに痛く感銘を受けたというのが、彼が今ここに居る理由らしい。
 的確な、と言われても、昨夜は理不尽さに囚われて、感情に任せた思いつくままを言い放っただけなのだが。
「是非とも協力していただけませんか」
 カジ谷君は更に寄せてくる。なんだろう、この、ある意味純粋な突進力は。
 嫌だ、と言いたい気持ちが99%――なのだが、昨夜の出来事に関連しては別枠で気になることがあった。
「今日のステージ、見てたんだよね。どうだった?」
「はぁ。綺麗な方ですねぇ」
「そうじゃなくて、演奏内容とか、歌とか――」
 僕の突然の問いかけに、しばらく目を閉じて顎に手を当てていたが、やがて先ほどと同じような身振り手振りで語りだした。
「女性の方は自然体で、声が心地よく伝わってきましたけど――あなたの方は、ちょっと窮屈そう、というか無理しているというか。こう、うまくこちらに伝わってこなかったですね。感じたのは、なんというか、声が外に向かってじゃなくて自分の中に迷い込んでいるいるような――」
 ――もう十分。
 その通りだった。深川先輩の声は真っすぐに体の真ん中から偽りなく発せられたものなのに、僕の声はちゃんとそれに向き合えていなくて、上辺を取り繕っただけ。
「だって、昨夜の声の人とは別人だと思っていました」とカジ谷君は言う。
 間近で見て、やっと僕を昨夜見た同一人物と認定したとのことである。
 生のライブはほとんど観たことがない、というカジ谷君。僕の歌を初めて聴いた、恐らくは真っ正直な感想だろう。
 そう。僕の歌は深川先輩までも届いていない。現状の精一杯を出し切ったつもりでも、僕の歌なんてそんな程度だ、と納得しようとしていたけれど。いや、ギターではそうは感じない。ちゃんと先輩の歌やフルートと対話ができている感触があるのに――。
「わかった。一度だけなら付き合おう」
 カジ谷君は、痛い所を的確な言葉で突いてきた。それに、実は気付いたのである。昨夜からカジ谷君相手だと、なんとなくあの「通る声」に近いイメージで話が出来ていることを。おまけに、ステージ脇のかなりの騒音の中で、である。
 それより――これは偶然なのだろうか。
 体を左右に小刻みに揺らして無邪気に喜びを表現しようとしているカジ谷君に少し興味がわいてきたかもしれない。