深川先輩の奏でるフルートは柔らかく心地よい音色で、私はここに居ます、という芯を持ちつつも、触れる者を優しく包み込むような広がりと深みがあって、絵画のような「静」のイメージがある。それまで対照的な「動」の部分を担当していたベースが居なくなってしまうと、改めてその存在感の大きさを思い知らされた。ここに僕はどう関わればいいのか。とても今までのようなダイナミックな動きを出すことはできない。とにかく邪魔だけはしないように、リズムだけはちゃんとキープしつつ、背後から支える感じでついて行くしかなかった。
 実際にやってみると、わかってはいたことだが、ベースが抜けたことによって「Re:Person」は全く別のユニットになってしまった。伴奏の全てを僕が担うことで、今までとは違って嫌でも僕のギターの音が前面に出た、アコースティックな印象にならざるを得なくなったのである。
 そして、更に困った事態が持ち上がった。トリオがデュオになって、明らかに音の厚みも物足りなくなったこともあって、ここで深川先輩が「歌物のレパートリーをいれましょう」と言い出したのである。僕と二人だけになったことで「木洩れ日」の楽曲をやりたいと言う。え、深川先輩が歌うんですか? 是非とも聴いてみたいです! え、僕も歌に参加するんですか? 深川先輩の声にハモリを入れろと――
「何事もチャレンジよ」と、深川先輩は軽い調子でさらりと決定してしまったけれど、僕の声で先輩と絡むなんて、あまりに恐れ多い話だった。ギターだから辛うじて釣り合いがとれていたのに、歌は――困った。「新入生自己紹会」以来、目立った進歩は見られなかったのだ。
 やるしかないのか――と腹をくくった僕はついに、かねてから考えはしていたが踏ん切りがつかなかった、ボーカル教室に通い始めてみた。
 発声の、いや、まず呼吸の方法の基礎から叩き込まれた。覚悟はしていたが、出来が悪い。色々練習しても思うような歌声にはならない。出来たと思った課題が、次の朝起きるともう出来なくなっていたりする。深川先輩は「悪くないわよ。ちゃんと上達してるし、歌えてる」と言ってくれるが、僕自身は全く納得できるものではなかった。
 歌は、もうなるようにしかならない――
 やっと開き直ったのはつい先週のことである。そして、今日は深川先輩と二人のユニットでの初ライブの日だった。