そんな「新入生自己紹会」から数か月後、思いもかけず深川先輩から声がかかった。深川先輩は「Re:Person」という、ベースとピアノ、フルートのお洒落なポップス系インストゥルメンタルのユニットを組んでいたのだが、ピアノのメンバーがたまたま都合が悪くなって脱退するので、代わりに生ギターの伴奏で入ってほしい、との依頼であった。
 突然の申し出に僕は戸惑った。ピアノとフォークギターでは出せる音の種類も音域も全く違うし、そんなにギターが上手いわけではない。当初はかなり腰が引け気味だった。けれど、これが深川先輩の「大丈夫よ。是非。お願い」のたった三言であっさり参加が決まったのである。
 「Re:Person」は元々、メロディアスなベースラインとピアノの伴奏に乗せて、深川先輩のフルートが主旋律を奏でる形態だった。とりあえずは元のピアノのパートをそのまま受け持つ形で、もちろんそれなりにアレンジは変更したけれど、できる範囲で恐る恐る仲間に入れてもらうことになった。
 長身でやや強面にうっすら無精髭がクールなベースの宮下先輩は、深川先輩と同学年だった。初対面の頃はちょっとぶっきらぼうな印象だったけれど、それは見かけだけで、実は話も面白くて面倒見が良く、僕には気さくに接してくれた。「瞬殺事件」なんて、最初に言い出したのもこの先輩で、これがメンバー内のお約束的な潤滑剤のような話題として定着し、やがてサークル内にも広がったというわけである。
 もちろんベースの腕は確かで、心地よいうねりに裏メロディを乗せたリズムには安定感があって、僕は安心してギターを被せることができた。それでも、粗相をしてはいけないと、かなり必死にギターの練習をした結果、結構いい感じに絡めているかなと思えるくらいになってきた。そして、何度か本番ステージにも出させてもらった。
 ところがそのうちに、いつのまにか宮下先輩が集まりに顔を出さなくなり、三カ月ほど前からは、偶発事故のように深川先輩と二人きりで活動することになってしまったのだ。