「アハハッ……冗談ですよ。
さすがにそんな命知らずなことしませんよ。
僕も選手として800メートルに出るんです。
良かったら応援してくれると嬉しいな」
クスクスと笑いながら私に言ってきた。
びっくりした……冗談だったのね。
急にそんなことを言うからつい真に受けて
驚いてしまった。あぁ……恥ずかしい。
「はい。応援しているので頑張って下さい」
私は、慌てて誤魔化すように松岡さんを激励した。
それにしても松岡さんも走るんだ?
確かに障害陸上には、視覚障害の人も走れる枠はある。
「じゃあ、僕達もウォーミングアップがあるので
これで失礼します。
日向さん。また会いましょう」
そう言うと男性に引かれて去って行った。
去って行くのを見送っていると課長は、ため息を吐いた。
「まったく。アイツは……。
結衣。松岡は、大会で知り合い仲良くなった奴だ。
それと隣に居た男性は……」
「もしかしてガイドランナーの方ですか?」
「よく知っているな?」
「はい。少しでも課長の役に立ちたくて
パラリンピックの事とかを色々と調べました」
課長の言葉に私は、すぐに反応した。
しかし、そう言ってもネットや本で調べた程度だから
説明が詳しく書かれていても実物を見たこともないし。
どんな光景なのかも分からない。
知識だけ知っている程度だった。
ちなみに『ガイドランナー』とは……。
視覚障害を持っている選手のために
スピードを調整したり、ゴール目がけて
真っすぐ走ったり。
逆にカーブをスムーズに曲がったりするために
サポートをする人のことだ。
ただガイドランナーより先にゴールしなければ
失格になったり細かい規則もあるため最後の瞬間まで
息をぴったり合わせて走りきることが重要だとか……。
私の知っている知識は、ここまで。
だから不思議で仕方がなかった。
まったく見えない暗闇の中でどうやって
走り続けるのだろうって?