課長は、篠原さんに断るとそのまま
私をお姫様抱っこした状態で歩き出した。
心臓が飛び出しそうになるぐらい鼓動は高鳴った。
医務室に連れて行ってくれたが誰も居ないようだった。

「右足は、腫れていないようだな。
転んだ膝を消毒するから、痛くても我慢しろ」

そう言うと課長は、消毒液を取り出して
ガーゼにつけると私の前にしゃがみこみ擦り傷につけて
手当てをしてくれた。

「あの……すみません」

申し訳なさ過ぎて顔が見えない。
きっと、涙や顔が赤くなっていて
とんでもない顔になっているのだろう。染みる……。
痛さで余計に涙が出そうになった。
もう痛さを言い訳にして泣いてしまおうか。

そうしたら少しは、泣けるかもしれない。
弱気になっていると課長が
「……思い通りに走れない自分を知って
情けなくなって辞めたくなったか?」と聞いてきた。

えっ……?
一瞬自分の心の中を読まれたのかと思った。
ドキッと心臓が高鳴った。

「ど、どうして……そう思うのですか?」

「心が弱っている時は、ちょっとした失敗も
酷く傷つくからな。昔の走れる自分を
知っている者は、上手く走れない自分に苛立ち。
情けなくなるものだ」

その言葉は、まさに今の私、そのものだった。
どうして……分かるのだろう?
話してもいないのに……。
何故かと考えていると課長は、消毒したガーゼを
捨てながら

「俺も同じ経験をしたことがある。
初めて義足を使い歩く練習をしたとき
やっと走れるようになったとき
何度も失敗して挫折をしそうになった。
自分の思ったように出来ない苛立ちに情けない姿。
何度も転んで……その度に立ち上がって
その繰り返しだった。
悔しくて泣いた事もあったぐらいだ」

懐かしそうに話してくれた。
私は、それを聞いて衝撃を受けた。
課長も……そんな辛い経験をしてきたんだ!?

しかも泣いた事もあったなんて
きっと私の想像を越えるぐらいの辛さだったはずだ。
なのにどうやって乗り越えられたのだろうか?

「どうやって……乗り越えられたのですか?
もしかして目標があったから?」

自分の自己最高記録を抜くために……。