「翼……謝りなさい!!」

それに対しては、翼君のお母さんも叱った。
だけど課長は、冷静な表情だった。

「まぁ……何も知らない人は、そう言うだろうな。
だがな。それは、違うぞ。
俺達……選手は、恥を晒しに行くのではない。
自分の誇りと力を信じて日本の代表として走るんだ!」

「はぁっ?誇りとか、力とか馬鹿じゃねぇーの?
何が出来るんだよ……そんな身体で。
ただ周りに馬鹿にされるだけじゃん!!」

その言葉に反応した翼君は、こちらを向いて
今にも泣きそうな表情で言ってきた。
私は、その表情を見てハッとする。
その表情は……昔の私と同じだと思ったからだ。

好きなことが出来なくなる絶望と悔しさ。
自分の居場所が分からなくて……。
ただ周りに八つ当たりをして、もがいていた頃と
同じだった。

「確かに……中には、馬鹿にする奴も居るかも知れない。
走るのが遅いと勝手に決めつけられて。
でもな。俺達は、そんな小さな事は気にしない。
どうしてだと思う?
それは……自分の誇りを忘れていないからだ」

課長は、クスッと笑いながらそう言った。
そんな課長を見て翼君は、不思議そうな顔をした。

「自分の誇り……?」

「あぁ、前に話したよな?
俺も君みたいに右足を無くして絶望したって。
でも今は、それで良かったと思っている。
無くした分……俺は、それ以上のモノを手に入れたから」

「何だよ……それって?
身体より大事なモノなんて無いじゃん。
馬鹿じゃねぇーの?」

課長……。
だが翼君は、呆れたような表情した。
しかし課長は、自慢そうに語りだした。

「あるさ。俺は、それからがむしゃらに努力して
パラリンピックに出た。そうしたら
たくさんの人に支えてもらったと実感したし
何より同じ同志の仲間にも出会えた。
今でも一緒に飲みに行ったり交流を続けている。
それは、右足を失わなかったら会えなかったかも知れない」

「そればかりではない。
そのお陰で彼女、結衣とも付き合えるようになった。
これも俺が義足ではなかったら
ずっとただ怖い上司だと思われていただろうな。
そんな風にたくさんの人に触れあえた。
無くしたと思った人生も捨てたものではないと思えた。
これは、俺の何よりの誇りだ」