都内の高級マンションを手に入れていて、そのくせ暇さえあれば私の部屋に入り浸りの又吉は、
『甘いんだよお前は、ほんと懲りてないな』
などと、相変わらずよく説教もするが、
『まぁいいじゃないか、俺がいてやるよ』
と、慰めてもくれる。

お昼休み。
暖かい日差しに誘われて、外階段に行ってみた。
昨日降った雪は跡形もないけれど、手摺は氷のように冷たい。
でも空気は澄んでいて気持ちがいい。

大きく伸びをして青空を見上げる。
それだけで、自然と頬が緩んだ。

「よっ」
驚いて振り返ると、又吉がいた。
「びっくりさせないで、もう」

寒っ、と騒ぎながら、又吉はコートの前を開けて後ろから私を包み込む。
「風邪ひくぞ」
「又吉、そういうことしないで。人に見られたら誤解されるでしょ」

「だめか?」
「だめ」

「なんでだよ」
「なんでも」

ぎゅうぎゅうと私を抱きしめる又吉は、人の話を聞いてくれない。
頬をくっつけながら、くすくす笑う。

「お前、あったかいな」



人になった又吉と一緒にいるようになってから、私には謎の能力が備わった。
又吉によれば、それは元々私にある力で、眠っていただけらしい。

どういう力かというと、
秋山さんが、天狗の姿に見えたりする。
他にも何人か、カラスがいたり見たこともない謎の姿の“何者”かとか。

この会社は、どうやらあやかしのたまり場になっているらしい。

一番驚いたのは、上司の南さんが九尾の狐だったこと。

――やれやれ
これからどうなることやら。


ちなみに、秋山さんと屋上でキスをしていた経理の女性は、既婚者だった。
天狗の秋山さんによれば、玄人同士の単なる大人の関係とかなんとか。
『人間は闇が深いからな』
そんなことを言って秋山さんは、口元を不敵に歪めニヤリと笑った。

確かに経理の女性は夫婦円満という噂だし、道ならぬ恋に悩み苦しんでいる様子はない。
もしかすると、天狗の秋山さんが言う通り、人間の心の闇も、あやかしの魔力と同じくらい負の力があるかもしれない。

蜜の香り漂う、天狗と人の妖しい恋の罠か……。



「くすぐったいよ。又吉」

「我慢だ。我慢」

クスッ。


――ねぇ又吉。
私ね、気になることがあるの。
人間と猫又でも、結婚できるの?
いつか、そんなことを聞いてみようかな。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、又吉は、
「なぁ、バレンタインにはチョコレートくれよな」
そう言って、私の頬にペッタリと頬を寄せる。


時に厳しく、だいたい甘く。
猫と恋は、私を優しく包み込む。



終 (ΦωΦ)