山間の田舎では働き口がない。近所の農家のお手伝いをして野菜やお米をもらうのは生活の糧にはなっても、それで現金を稼ぐことはできない。だから山を離れ、この東京というビルが乱立するジャングルにきた。
そして今の会社に就職した。

「可愛い妹や弟たちが希望通りに進学できるよう、お給料から毎月三万円の仕送りをしているの。家賃と生活費以外の余裕はないんだ。この毛糸はね、私が中学の時に始めてセーターを編んだ毛糸なの。それを解いて他の糸と合わせて作り直すってわけ。大事なものなのよ」

美しいオッドアイでジーッと私を見つめていた白猫は、話を理解したのかもしれない。
それからは、毛糸を見つめることはあっても、二度と手を出したりはしなかった。

「正社員になれればねぇ。もうちょっと余裕ができるけど。でもなぁ、その分はやっぱり弟たちのために使ってあげたいしなぁ」

ひとり暮らしの私には、こまめに会うような友達もいない。今の職場にも心を開いて話ができる同僚もいないので、たとえ猫でも話しを聞いてくれる相手ができたことはうれしかった。

「私ね、正社員じゃないの。一年毎の契約社員であと二年のうちに正社員になれなければここを辞めなくちゃいけないんだ。でも、課長の南さんていう先輩に叱られてばっかりだから、いまのままだと望みは薄いと思う」

聞いているのかいないのか。猫は時折私を見上げては眠たそうに瞼を閉じたりするが、それでも私が話をしている間ずっとそこにいてくれた。

「優しいのね、白猫ちゃん。付き合ってくれてありがと」

ようやく終わったかとでも言いたげに、白猫は大きなあくびをする。
そして私をジッと見た。

「昼寝の邪魔しちゃったね、ごめんごめん」

ピピピと、スマートホンのアラームが鳴った。
十二時五十分。
名残惜しいがお昼休みは終わりだ。荷物をまとめて、白猫の背中や頭を丁寧になでた。